279.叫び
(まぁ、猪頸鬼戦士が相手の時点で、こうなる気はしていたが……)
黒爪狼は、猪頸鬼戦士を圧倒する事で実力差を示した。
それによって、その他の無象の反攻を抑制する意図が、そこにはあった。
しかしながら、半端な実力がある者に、この手は通用しがたい。
実力が無い者であれば、上位者の実力者が倒されれば、その意味を正しく理解する。
実力が近い者であるなら、何をしたか容易に想像が出来ただろう。
だが、ここに残された多くの者は、頭目と先兵が削ぎ落された中堅の戦士。
彼らは、その半端な戦闘能力と生存能力、そして高い自尊心によって判断を誤る。
決闘の勝者を敬う、と言う精神を放棄した事で、破滅の道へと足を踏み入れた。
「「「ブガッ、ブガーッ!」」」
「(やかましい!)」
猪頸鬼戦士の二度の敗北。
加えて、先の主任猪頸鬼の敗北もあって猪頸鬼達の求心力を一気に失われ、暴走する。
だが黒爪狼は、こうなる事を猪頸鬼戦士との決闘の前から予想していた。
人間は、信じたいものを信じる。
逆に言えば、目にしたものであっても、信じたくないものは、決して信じない。
それと同じ事を人間に近い精神構造を見せた猪頸鬼達にも起り得るだろうと考えた。
ゆえに、ここまで来てしまったのであれば、もう彼らの精神は動かせない。
これまでは主任猪頸鬼との決闘を無にしない為の立ち回りをしてきた。
その為、黒爪狼が排除した猪頸鬼達は、その命までは奪われてはいない。
それは、一度は彼らの規律によって見逃された包帯男なりの心得だった。
しかし、いま黒爪狼を囲んでいる者達には、そのような心得が失われている。
ゆえに、黒爪狼も考えを正し、決意と共に収めていた爪を表に出す。
【ブガァーッ!!】
と、その時、大音響の雄叫びが黒爪狼に放たれる。
血走った猪頸鬼の集団の間を縫って、一際大きな巨漢が姿を現わす。
それは、先の決闘を不完全な形で終わらせてしまった主任猪頸鬼。
その偉丈夫な強者が、再び黒爪狼の前に立つ。




