270.綻び
コウヤはサントスに離脱の合図を送り、サントスも御者としての役割を果たす。
その一方でハツカとバンテージが、荷台の上で主任猪頸鬼への対応で衝突する。
片や主任猪頸鬼を仕留めるべきだった、と主張するハツカ。
片や現状で主任猪頸鬼に横から手を出すべきではなかった、と主張するバンテージ。
そのどちらも猪頸鬼達に囲まれた状況を打破する為に選んだ選択。
しかし、彼らは顔を合わせると同時に衝突した事。
根本的な方法論が異なっている事と説明が足りない事で平行線を辿る。
「おまえ達、そう言うのは落ち着いてから……うっ!」
と、その時、いまだ途絶えない猪頸鬼達の追撃に応じていたコウヤが倒れた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫だ、少し魔力を使いすぎただけだ」
コウヤは、平静を装い、マナポーションを飲み魔力の回復を図る。
だが、それによってコウヤの様子が回復する事はなく、むしろ朦朧とした状態となる。
「くっ、ダメか」
「これは……岩鼠との戦いの時と同じ状態ですか?」
「ああ、どうやら、ここが限界らしい」
コウヤは、身体から寄こされた睡魔によって、急激かつ強力な眠りに襲われる。
「おい、これはどう言う事だ?」
「魔力の枯渇とマナポーションの過剰摂取による魔力酔いの併発状態、と言う事です」
「魔力を使い果たした身体が休眠状態に入って身を守る一種の自己防衛機能だ」
「じゃあ、大丈夫なんだな?」
「ああ、これ単体では命に関わる事じゃない。すまないが、あとは頼む」
コウヤは、それだけを言い残すと、強制的に魔力の回復の為の深い眠りへと誘われる。
「ちょ、ちょっと、コレ、どうするんですか!」
この突然の戦力低下にに、サントスから泣き言が上がる。
それはそうだろう。
古馬車の撤退路上には、先に撤退した馬車を追っていた猪頸鬼の一団。
自分達の後方には、怒り狂って追い駆けて来ている一団がある。
その上、これらの集団を避ける為の探知役であったコウヤが休眠してしまった。
ハツカにも探知能力はあるが、その探知範囲は決して広くは無い。
彼女の探知手段では、走る古馬車が対応可能な回避距離の確保が出来ない。
例え敵の接近を察知出来たとしても、前方から迫られた場合、高確率で取り付かれる。
何より、いままで接近を阻んでいた炎弾の牽制が失われた事が大きい。
明らかに古馬車へと至る猪頸鬼の数が増加する。
その撃退に、ハツカと御者を兼ねるサントスが駆り出される。
事ここに至り、この作戦を支えていたコウヤの重要性が浮き彫りとなる。




