268.狂信
バンテージの貫かれた右手から血が滴り落ちる。
その様子を見た猪頸鬼達が、ここで事態の急変を把握する。
手を貫いた鋭利な物体が引き抜かれ、闇の中へと還る。
その動きに導かれた視線が、その奥で駆ける見覚えのある古馬車を確認する。
古馬車は、ある一点を目指して駆ける。
そこは、気を失ったルネの身が隠された馬車の残骸。
バンテージは、その迷いのない走りからルネの救助に来た事を察する。
バンテージが途中でダーハから伝え聞いた、ルネが落車して取り残され事実。
それと同様の情報を、コウヤは自らの探知能力で得る。
そこでコウヤとハツカは、最後尾近くで古馬車を走らせていたサントスと合流。
ルネの位置を把握しているコウヤが誘導して救助に駆け付ける。
その向かった先で、ハツカが戦闘中のバンテージに気づき、猪頸鬼に菟糸を放った。
だが、その援護攻撃は主任猪頸鬼ではなく、バンテージの手を貫いた。
これが、現在起きた事の成り行き。
そして、これはハツカではなくバンテージの意思。
主任猪頸鬼への攻撃を防御した事によって、もたらされた結果だった。
バンテージへの同士討ちが、菟糸を通じてハツカに伝わる。
「敵を庇うとは、どう言うつもりですか!」
荷台上のハツカは、即座に菟糸を引き抜く。
そして、援護対象であったバンテージへ攻撃した形となった事で動揺する。
同士討ちが起きたのは、明らかに攻撃の間に割って入ったバンテージの責。
しかし、この事でバンテージの真意が測りきれなくなったハツカは手が出せなくなる。
険のある瞳でバンテージを刺すハツカ。
だが、その不信は、同様にハツカへも向けられていた。
「くっ、余計なマネを……」
バンテージも、予定外の介入に眉間にシワを寄せる。
あの決闘は、両者の利害が一致したからこそ成立した戦いだった。
主任猪頸鬼は、自らの闘争心に敵った猛者との戦いを求めた。
バンテージは、多数を相手にするよりもマシな戦闘の終結を望んだ。
その結果、バンテージ達の決闘の決着が着き、両者の格付けが済まされた。
ゆえに、あの時バンテージは、決闘を重んじる主任猪頸鬼達を説き伏せる機会──
言い換えれば、彼らを撤退させる好機を得る。
そしてそれが、最も両者が納得がいく引き際となるはずであった。
しかしながら、その場面で、ハツカの菟糸による刺突攻撃が突き刺さった。
「「「ブガーッ! ブガッ、ブガッ!」」」
その行為は、猪頸鬼達からすれば決闘を汚す忌むべき行為。
ゆえに、信奉する流儀が踏みにじられた、と感じ取った猪頸鬼達が怒り狂った。




