259.掛かる衝撃
次話は12月28日(月)を予定しています。
【ブガァーッ!】
豪快な雄叫びと共に、マサトに振るわれた猪頸鬼の強振攻撃。
その勢いは、直後に自身に降り掛かり、猪頸鬼が盛大にブッ転ぶ。
それは、マサトを捉えたはずの強振攻撃が、なぜか空振りした事で起きた事故。
猪頸鬼との攻防に敗れ、意識を失っていたマサト。
ゆえに、マサトには猪頸鬼の第二撃を防ぐ手段は無かった。
しかし、猪頸鬼の攻撃がマサトを捉えた、と思われた瞬間、不自然な挙動が起きる。
マサトの身体が宙空で一時停止し、浮遊状態に入ると、直後に水平移動へと移行した。
猪頸鬼は、理解を越えたマサトの挙動に視線が奪われる。
そして、その動きを追った先に、追走していた馬車の後ろ姿を捉える。
『合流』
猪頸鬼が捉えた馬車の荷台には、小柄な人影と流体の姿があった。
それは、前面に配置した水鏡をレンズとして、マサトの様子を窺っていたハルナの姿。
ハルナ達は馬車を出す前に、マサトの回収手段として合流を使用する事を打ち合わせていた。
その為ハルナは『対象を視界に捉える』と言う合流の使用条件を維持して待機する。
それが、ハルナが目の前に配置し、レンズとして利用して水鏡の望遠としての役割。
これにより、炎壁の光源も合わさって、常にマサトの姿を視野に収め続ける。
この事が幸いし、異変に気づいたハルナが、緊急回避としてマサトの回収に動く。
合流によって引き寄せられ、加速したマサトが馬車の荷台へと突っ込む。
しかし、それは意識の無いマサトにとって、危険極まりない挙動。
なぜなら、これはマサトとハルナの最強の連携技、合流挟撃の時と同等の加速。
受け身が取れない現在のマサト。
彼が、そのまま馬車へと突っ込めば、その身に掛かる衝撃は尋常ではない。
打ち所が悪ければ即死もある加速のまま、その身が馬車へと引き寄せられていく。
そして無情にも、その身は、なんの抵抗も出来ず、馬車の荷台へと突っ込んで行った。
【ぷにょっ!】
──が、幸いにも、その勢いは、琥珀色の流体によって受け止められ、拡散される。
マサトを激突の衝撃から守ったもの。
それはハルナが含水粘液の魔法で生み出した琥珀粘雫と呼ばれる粘雫。
琥珀粘雫は、マサトを受け止めると、そのまま体内へと取り込んでいく。
そして、琥珀粘雫が持つ活動治療能力で、マサトを守りつつ治療を施していった。
しかし──
「うわぁー! 何か飛び散ったぞ!」
「きゃぁー! 魔物よぉ!」
「アンタ、なんてもんを呼び出すんだ!」
「しかも、人を飲み込んだぞ!」
「おい! あんちゃん、生きてるかぁ!」
「大丈夫……ジェルちゃん、まーくんの事を、お願い……」
当然のように、ハルナのように事情を知らない者達からすれは、これは異常事態。
馬車の乗客らは、一斉に混乱状態に陥った。
そして、ここでハルナが、マサトを守る為に琥珀粘雫に残りの魔力を託し意識を失う。
その為、現状を説明出来る者が不在となり、馬車での混乱状態に拍車が掛かる。
そのような滑稽な光景へと繋がる兆しを目で追い、強振状態だった猪頸鬼。
その結果、猪頸鬼は攻撃の好機をズラされ、盛大な空振りを誘発される。
そして、強振攻撃の勢いに抗えず、盛大に大地をぶっ叩き、獲物を捕り逃した。
一連のおマヌケなズッコケ劇を演じさせられた猪頸鬼。
そんな一兵卒でしかない彼の者が、この戦場で残したもの。
それは、今回の自爆攻撃で、その身に不名誉な負傷を負い、片腕をブっ壊した事。
しかし、彼の者は、ここでマサトを戦闘不能に追い込み、ハルナの魔力を枯渇させた。
それは、彼の者と、連携した他の猪頸鬼達とが共に積み上げて成した戦果。
そして、それは人間が持つ最大の武器である団結の力によって成された戦果。
一兵卒が見せた、高い戦闘技能と連携の練度。
人間より優れた身体能力を有する種が、人間に比肩する団結の力で見せた勝利。
それは、人間が持つ優位性の一つを潰し、脅威が増した事を意味する。
その脅威の被害を受けたマサト達を乗せた馬車が、戦場から離脱する。
その一方で、失速して最後尾にいたマサト達の馬車よりも遅れる馬車が散見し始める。
それは、猪頸鬼の追撃や悪路によって損傷を受けて失速したいった馬車。
それらの馬車は、車体を大きく左右に揺らし、その不安定さから蛇行していた。
そのうちの一台に悪運が重なり、車輪が小石を踏み抜く。
たかが小石。されど小石。
通常速度で安定して走行していたなら、なんの問題にもならなかったであろう接触。
しかし、この時の馬車は車体を左右に大きく揺らし、不安定な状態下にあった。
この馬車にとって、そこで掛かった衝撃は増幅され、車体を大きく跳ねさせる。
そして、更にバランスを失った馬車からは、中身がブチ撒かれ、積荷が放出させた。
それを、馬車を加速させる一種の軽量化と思えれば、どれだけ良かったであろう。
この馬車の挙動によって放り出されたのは積荷だけに留まらなかった。
大きく跳ねた馬車の荷台から、小柄な人影が放出される。
そして──
「ルネさん!」
荷台から、弾き出された少女に呼び掛ける、ダーハの声が響いた。




