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257.剣閃解放

 そこは、障害が取り除かれた馬車へと続く道。

 と同時に、その(かたわ)らには、先んじて逃走した馬車の残骸が転がる道。

 そして、馬車を潰しに向かった猪頸鬼(オーグス)達の(しかばね)もまた存在する道。


 その(しかばね)は、コウヤが張った炎の手(トラップ)に掛かりながらも、使命を果たした勇士ゆうしの証。

 その死に様に刺激された猪頸鬼(オーグス)は、課せられた役割を果たすべく馬車へと突撃する。


「させるか!」『摩施(マッセ)剣閃解放(ショット)


 だが、ここで猪頸鬼(オーグス)との激突で弾き飛ばされたマサトが、残しておいた切り札を切る。

 マサトに呼応した宝刀の刀身から不可視の剣閃が放たれ、猪頸鬼(オーグス)を襲う。


 それは、宝刀に装填されていた刃路軌(ハジキ)の力の一部解放。

 その不可視の一閃は、曲射軌道を描き、猪頸鬼(オーグス)を襲う。

 意識外からの不可視の攻撃が、猪頸鬼(オーグス)の足を刈る。

 そこに猪頸鬼(オーグス)の突破力が加わる事で、その進路を大地へと軌道修正し、転倒させた。


 マサトの宝刀には、六発分の刃路軌(ハジキ)の力を装填して温存しておく事が出来る。

 そして、それらを敵体内で一気に開放したものこそマサトの最大の技である『武零駆(ブレイク)

 対して『剣閃解放(ショット)』とは、装填されている刃路軌(ハジキ)を単発射出するもの。

 そして、その力を任意の技へと変換させて解放したのが、今回の『摩施(マッセ)剣閃解放(ショット)


 マサトは、この装弾を主任猪頸鬼(オーグスチーフ)が出張って来た時の為に温存しておくつもりだった。

 しかし、猪頸鬼(オーグス)に吹き飛ばされた事で状況が変わる。


 不十分な体勢から、意図した軌道で宝刀を振るえない事を(さっ)し、方針を切り替える。

 求められるのは、即効性と確実性。

 マサトは、宝刀の刀身から一発の装弾を解放し、摩施(マッセ)を放つ。

 不可視の曲射は、猪頸鬼(オーグス)の前へと回り込み、足下を(すく)う。


 その様は、大柄の男が小石につまずき、よろめいて倒れる姿。

 もし、この場が命のやり取りの場で無ければ、思わず笑う者がいたかもしれない光景。

 それほどまでに、マサトが仕掛けた攻撃とは、稚拙(ちせつ)な嫌がらせレベルの攻撃だった。

 しかし、いまこの場に、それを笑っていられる者など居はしない。

 その咄嗟の機転による攻撃は、絶大な効果を発揮し、多くの者の命を救う。


「ぐっ!」


 馬車への追撃を阻止したマサト。

 しかし、その代償として、受け身を取る事が叶わす、右肩から地面へと激突する。

 落ち所が悪く、利き腕を痛打したマサトから苦悶の声が(こぼ)れる。

 だが、その痛みに意識を向ける時間を与えてはもらえない。

 転倒させた猪頸鬼(オーグス)は、もちろんの事、後続の第二波も執拗な追撃を掛けている。


 マサトは身を起こすと、倒れた猪頸鬼(オーグス)を追い越し、馬車との距離を詰める。

 そのマサトに、二体の猪頸鬼(オーグス)が追い着き、並走する。

 人間よりも優れた彼らの脚力をもってすれば、先んじて馬車へと到達する事が可能。

 しかし彼らは、いままでの経緯からマサトを仕留める事を優先し、左右を固めた。


「「ブガッ!」」


 呼吸を合わせた二体の猪頸鬼(オーグス)が、マサトへ同時に棍棒を振るう。

 片や前方から頭部へ、片や後方から背後へと振るわれる棍棒撃。

 それは、猪頸鬼(オーグス)達が見せた魔物らしからぬ同胞との連携攻撃。

 前後上下に振り分けられた二体の猪頸鬼(オーグス)による連携攻撃『包囲棍棒撃(クラブプレスメント)』。

 それが、マサトの逃げ場を潰し、襲い掛かる。


「間に合うかっ!」『武離路(ブリッジ)剣閃解放(ショット)


 猪頸鬼(オーグス)達によって宝刀を振るう空間も削られたマサトが毒づく。

 痛めた右肩で宝刀をまともに振るえないマサトは、剣閃解放(ショット)で二筋の剣閃を形成する。

 剣閃解放(ショット)で、瞬時に形成された武離路(ブリッジ)が二つの棍棒撃を(はば)み、回避の猶予を作る。

 マサトは武離路(ブリッジ)によって生み出された間隙を縫い、地面を滑り後方に落ち延びる。


「ブガァーッ!」

「くっ、しつこい!」『剣閃解放(ショット)


 しかし、それも束の間。後続の猪頸鬼(オーグス)がマサトとの間合いを詰め、襲い掛かる。

 ただでさえ二体の猪頸鬼(オーグス)の攻撃から逃れたばかりのマサトの対応手段は限られる。

 マサトは、再び宝刀の力を解放し、三体目に吹き飛ば(ノックバック)攻撃を仕掛けて迎撃する。


 ──だが、猪頸鬼(オーグス)の追撃は、これでは収まらない。

 先の二体の猪頸鬼(オーグス)が三体目と連携を取ってマサトを包囲し、逃走路を潰す。


「ブガッ、ブガッ、ブガァーッ!」

「「ブガァーッ!」」

「コイツら、嫌な動きを……」


 マサトは宝刀を左手に持ち替えて空を斬り、宝刀へ刃路軌(ハジキ)の力の再装填を試みる。

 しかし、それに先んじて三体の猪頸鬼(オーグス)が呼応し、その隙を作らせない。


 マサトを三方から包囲した猪頸鬼(オーグス)達が、再攻撃に出る。

 その攻撃は、先程の二方向から、三方向へと強化された包囲棍棒撃(クラブプレスメント)

 頭部と腹部に加え、脚部への攻撃が加えられた改良版の包囲棍棒撃(クラブプレスメント)

 それは間違いなく、先のマサトが実行した逃走路を潰しに掛かった連携攻撃。


 この改良された連携攻撃は、単純に先のマサトの脱出に対応したものか。

 はたまた猪頸鬼(オーグス)達が、訓練で習得していた本来の連携攻撃の姿だったのか。

 その真実は分からないが、これだけの事が出来る事こそ、猪頸鬼(オーグス)の真の脅威と言える。

 猪頸鬼(オーグス)は、馬車との距離が開き、孤立したマサトを仕留めるべく同時強振に出る。 

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