254.燃焼
◇◇◇◇◇
コウヤが猪頸鬼に投擲した青白色の投擲矢。
それは、ハツカと行動を違えていた際に戦った大月白鳥の戦利品。
その大月白鳥とは、ハルナの溺死の直撃を霧散させて防いだ魔鳥。
この魔鳥の羽根には、自身で分泌した油脂が塗られている。
魔鳥は、その撥水作用をもって水面を浮き、泳ぐ水鳥。
そして、ハルナの水属性魔法を霧散させる事を可能としていた。
この事はサントスの『観察』によって判明した『脂性』と言う特性からも読み解けた。
と同時に、この特性の事もあり、非火属性耐性、と言う弱点の信憑性が補強される。
しかし、実際に戦った際に、その見識に齟齬が生じた。
ダーハの狐火もコウヤの炎弾も、先のハルナの時と同様に霧散される事となる。
弱点であったはずの炎の魔法が無効化された事で苦戦を強いられた大月白鳥戦。
その戦いを、コウヤは無数の炎弾を浴びせる幻炎散弾の力技で終わらせる。
この際に大月白鳥は、直前までとは打って変わって、一瞬にして焼失する。
その事は、サントスの『観察』が正しかった事を証明した。
しかし同時に、その事が謎を残す事となる。
大月白鳥が、どのようにしてコウヤ達の炎を無効化したのか?
また、なぜ、コウヤが最後に放った幻炎散弾が、通用したのか?
コウヤの幻炎散弾とは、敵に炎弾を命中させる為に虚実を織り交ぜて放つ魔法。
その為、一つ一つの炎の威力は炎弾と、さして変わりはしない。
それにも関わらず、攻撃が通じる時と通じない時との差が生じたのは、なぜか?
コウヤは、その答えを、焼失させた魔鳥のツガイだった、もう一体の狩猟品から得る。
それは、結局の所、大月白鳥が分泌している油脂の特性によるものだった。
物が燃える、と言うのは、その物質が燃える熱量に到達した時に起こる現象。
その事を改めて想像しやすいように、ここでは身近な新聞紙を例にした話を挙げる。
新聞紙を空気中で加熱して燃やそうとすれば、そこには約290℃の熱が必要となる。
逆に言えば、新聞紙は、290℃以上を維持されなければ、燃え続ける事が出来ない。
キャンプ等での火起こしの際に、最初に新聞紙に火を着ける場面を想像して欲しい。
この時、火が上手く着かず、すぐに新聞紙の火が消えた経験は無いだろうか?
そう言った場面に遭遇した時、酸素が足りなかったからだ。
と言って、息を吹きかけたり、団扇などで扇ぐ者がいるが、原因はそうではない。
現代社会で一般的に使われている着火道具であるライター。
その炎の温度は、800℃から1,000℃。
ゆえに、ライターは、新聞紙に火を付ける事が出来るのである。
ただし、着火後、新聞紙が自らの発熱で温度を維持出来なければ、鎮火してしまう。
そして、この原理こそ、大月白鳥の炎の無効化の正体だった。
魔鳥の全身に塗布されていた油脂。
そこには、一般的な炎魔法の熱量域では発火しない、と言う特性を宿っていた。
ただ、その事を突き止めたコウヤに、そこで一つの疑問が生じる。
それは、サントスの『観察』では大月白鳥に非火属性耐性があった事。
だがそれも、いくつかの検証を重ねた結果、結論が出る。
物体が発火する仕組みを知る為には、最低限二つの事を知っておく必要がある。
それが、①引火点と②発火点。
┌─┐(高温)
│┃│
│┃┼─②発火点
│┃│
│┃┼─①引火点
│┃│
│●│(低温)
└─┘
(温度計)
①、引火点とは、主に可燃性の液体を対象とする液体の温度の事。
可燃性の液体は、常に液面上に蒸気を発生させている。
その蒸気が炎と接触した際に、燃焼を可能とする濃度を生成する最低値の液体温度。
それが、引火点と呼ばれる温度。
端的に言えば、ランプに火が着くのは、そのオイルが引火点以上の温度の時。
そしてランプの芯が燃えないのは、先端から発生している蒸気が燃えている為である。
②、発火点とは、空気中で炎がなくとも自ら発火する最低値の温度の事。
先の新聞紙で例えるなら、それは290℃の時の事を指す。
そして、常温時に酸化熱や微生物による発熱で、自然と熱が蓄積されていった物質。
それらが、発火点に到した場合には、点火源が無くても燃え上がる現象を引き起こす。
これが、俗に言う自然発火現象である。
そして、発火点は引火点よりも高い温度域に存在している。
大月白鳥が持つ『脂性』と言う特性。
それは、魔鳥が全身に油脂を纏い、強力な撥水作用を持つ事を示している。
そして、その脂性には、同時に、前述した引火点の作用が関わってくる。
大月白鳥の油脂の液面上から発生している可燃性蒸気。
この油脂から発せられている可燃性蒸気のみでは、発火は起きない。
その可燃性蒸気と空気とが混じり合って生じる混合気体。
それが、一定の濃度下にある時に炎と接触する事で、初めて発火現象が起きる。
この発火が起きる混合気体の濃度範囲の事を、③燃焼範囲と言う。
100% 0%
┌─────────┐
│可燃性蒸気 □/□│
│□□□□□□/□□│
│■■■■■/■■■│┐
│■■■■/■■■■│├③燃焼範囲
│■■■/■■■■■│┘
│□□/□□□□□□│
│□/□□□□ 空気│
└─────────┘
0% 100%
この燃焼範囲が広いものほど燃焼する機会が多くなる。
また、この下限域が低いものは、わずかに空気中に漏れただけで燃焼の危険が生じる。
ただし、この可燃性蒸気の濃度が高すぎたり低すぎたりした場合、発火は起こらない。
大月白鳥の脂性は、この液体の蒸発燃焼の法則の影響下にある特性。
そしてコウヤは実験で、魔鳥の羽根に魔力を通す事で、この燃焼範囲が変動する事。
すなわち、燃焼範囲の最低域が高くなる事で、より燃えにくくなる。
と言う特性が、脂性にある事を把握した。




