244.方針転換
◇◇◇◇◇
「ええい、これは、もうダメにゃ。次にゃ、次!」
「そうだな。このままだと結局は消耗戦になるな」
一体の猪頸鬼を仕留めた猫盗賊が、マサトの戦いに容赦なく介入する。
マサトが引き付けていた猪頸鬼を、背後から不意打ちで仕留めるベス。
それは、これまでコウヤと同じ離脱計画を進めていたが、その方針に逆行する行為。
マサトは、そんなベスの反発を受けて、この計画の方針転換を考えた。
「ルネ達の方にはダーハがいたな。ならベスはサントス達以外の四台目の馬車を頼む」
「むっ、それは構わないけど、エセ商人の方じゃなくて良いのかにゃ?」
マサトはベスに、いま健在している馬車の一つを任せる。
ベスは、その事自体は了承するも、サントスとの合流を避けた意味をマサトに問う。
「サントスなら、こちらの動きに対応してくれる。だが他の馬車は、そうはいかない」
「ふむ、それは分かったけど、エセ商人に伝わらない合図を使う気かにゃ?」
マサトの言葉に違和感を覚えたベスは、その点を追及する。
すると、マサトはハルナに向き直り、その首から下げられている物を指差した。
「ああ、ベスに最初に教わったソレを使う」
「えっ? まーくん、コレを使うつもりなの?」
「むっ、だけど、あえてソレを使う意味ってあるのかにゃ?」
ハルナとベスは、マサトが指し示した物を見て、その意味を訊ねる。
なぜなら、ソレは、離れたサントス同様、比較的近いコウヤにも伝わらない伝達方法。
ゆえに二人は、あえてソレを使う事の意味を疑問視した。
「だが、コレなら馬車に乗せてる者を下手に刺激する事なく、事が運べるからな」
「まぁ確かに、こう言った時の一番の敵は、余計な混乱を起こす連中にゃ」
「そっかぁ。確かに、コレならダーハちゃんを通じてコウヤ君達に合図は送れるねぇ」
「ああ、それにコレなら一瞬、猪頸鬼達の注意を引けられるかもしれないしな」
「オーケーにゃ。じゃあ他の馬車に、こっちが動いたら追従するように伝えるにゃ」
「ああ、頼む」
マサトの説明を受けた二人は、一定の理解を示す。
その二人の様子を見て、マサトは軽口を叩き、ベスは伝令役を担う。
「ハルナ、悪いがギリギリまで付き合ってもらうぞ」
「まーくん、りょーかい。分かっているよぉ」
マサトは手にした宝刀を握り直し、ハルナに一言告げる。
その言葉を受けてハルナは、マサトの考えを汲み取る。
マサトの考えとは、自らが殿役として立ち、猪頸鬼を抑える事。
それは、以前に大量の魔走鳥の襲撃を受けた際にマサトが取った行動と重なる。
それゆえにハルナには、合図後の先導役をベスに任せるつもりでいる事を。
そして、自分に求められている役割を察した。
マサトは、数回宝刀を振るうと、一歩後退して呼吸を整える。
ハルナは、馬車の荷台の前に立つと、周囲に水球を浮遊させ、迎撃態勢を整える。
「それじゃあ、まーくん、いっくよぉ」『流水』
「ああ、やってくれ」『刃路軌』
ハルナとマサトが同時に仕掛ける。
それぞれの先制攻撃が二体の猪頸鬼に突き刺さり、その敵愾心を集める。
不可視の剣閃を受けた猪頸鬼は、その攻撃元が分からず混乱する。
しかし、流水の攻撃を受けた猪頸鬼は、しっかりとハルナを標的に捉えた。
ハルナに向かい詰め寄る猪頸鬼。
だが、その歩みをマサトが遮る。
マサトは、連続して放った刃路軌の吹き飛ばし攻撃で猪頸鬼を後退させる。
同胞の奇妙な挙動を見て、もう一体の猪頸鬼が、先程の攻撃の正体に気づき駆け出す。
だが、その二体目の猪頸鬼は、マサトに辿り着く直前で地面に膝をついた。
いや、正しくは、突然すっ転んだ、と言った方が分かりやすい。
それは、マサトが素振りに見せて仕掛けた武離路と呼ばれる設置型の刃路軌の効果。
猪頸鬼は、その不可視の剣閃の突っかい棒、と言った技に引っ掛かって転倒する。
武離路と言う技は、時には盾、時には罠として機能する。
ゆえに、未知の攻撃を受けた二体目は、新たな敵の介入を警戒して視線を這わせる。
「ざぁ~んねん。そっちじゃないよぉ」『水牢結界』
そこにハツナの水牢結界が猪頸鬼を捉え、閉じ込める。
それは、水で形成された結界によって、捕縛ないし防御障壁として機能する魔法。
『溺死』
ハルナは、結界の内に猪頸鬼を閉じ込めると、その中を水で満たしていく。
本来の溺死とは、直接敵の頭部に放ち、水球をまとわりつかせて窒息死させる魔法。
しかし、今回ハルナは、その凄惨な様子を遠目からでも分かるように視覚化させる。
それは、猪頸鬼の組織力の根底にある同族意識を利用した一種の友釣り。
ハルナは、意図的に挑発的な魔法を放ち、自分達に意識が向くように仕掛ける。




