241.対猪頸鬼戦
「くっ、剣とは、思いのほか相手を斬れないものですね」
しかし、それも防御と言う一面で比べた場合の比較。
根本的にハツカの攻撃力は、猪頸鬼に通じる域まで達していない。
しかもハツカの剣は細身ではあるが、いわゆる西洋の刀剣に分類される物。
その性能は、力で叩き斬る、と言う特色が強い。
対してハツカの動きとは、すれ違いざまに斬る、と言ったイメージから来るもの。
それは、切れ味が鋭い刀が持つイメージが投影された動きだった。
良くも悪くも日本人であるがゆえに、真っ先に浮かんだのであろうイメージ。
しかしながら、それでは、いまのハツカが持つ剣の性能は発揮されない。
むしろ、余計な事は考えず、最初に猪頸鬼に叩き込んだ一撃。
転移者の身体強化に依存した力任せの剣の方が、この場合は正しい使い方と言える。
だが、冷静に敵を見据えているハツカの一面が、それを阻害する。
なまじ余計な知識があるだけに、刀を使うイメージに思考が寄せられる。
刀を使う動きを再現しようとする思考が強く働く為、剣が持つ特性と向き合えない。
その為、ハツカの剣は、その性能を十全に発揮する事が出来ないでいた。
ハツカが、猪頸鬼に対応する為に敢行している攻撃。
不利な猪頸鬼との力比べを掻い潜っての果敢な攻め。
それは、猪頸鬼の暴力的な間合いに精神を削って踏み込む、と言うものに他ならない。
そのような決死の作業をハツカは敢行し続ける。
ハツカは、何度目となるか分からない剣撃を猪頸鬼に叩き込む。
現在のハツカが取っている戦い方とは、いわゆる一撃離脱戦法。
それは、いままでのドッシリと構えた『待ち』とは大きく異なる戦い方。
そこには、力で勝る猪頸鬼に捉えられる事を避け、深追いを自制する意図がある。
だが、普段とは違う戦い方をしている以上、いままで受けていた恩恵が失われている。
その最大の違いは、敵に対して菟糸による拘束が掛かっているか否か。
それが成されていない現状、敵との間合いに開きが出来てしまう状況が生まれる。
「ブガッ、ブガッ!」
「くっ、燕麦!」
ハツカの剣撃に被せるように猪頸鬼の左腕が横に振り回される。
あわや直撃を受ける所だったハツカは、燕麦での防御を優先して、これを防ぐ。
だが、この攻防によって、ハツカの態勢が崩される。
攻撃後の着地時に、たたらを踏んだハツカは、その動きを一瞬鈍らせた。
戦いの中での流れに慣れて来た猪頸鬼は、このスキに対応する。
猪頸鬼は猪の魔物だけあって、巨体に見合わず、人間を上回る瞬発力を生む脚がある。
ゆえに、その体躯に蓄積された重量を加速させる体当たりは、暴力そのものと言えた。
その威力は、ダーハが構築した土壁を粉砕した事からも証明されている。
この瞬発力は、近接戦闘を主体とする猪頸鬼の脅威的な戦闘力を支える土台の一つ。
その瞬発力を活かした体当たりが、狙いをハツカに定めて敢行される。
ハツカに向けられた強大な肉塊の弾丸との間にある中距離戦の間合い。
それは、猪頸鬼の重量と瞬発力が最大限に発揮される最悪の間合いだった。
照準を定めた肉弾は、ハツカの防御障壁ごと、粉砕を目論む
対して、猪頸鬼に無防備な姿を晒してしまったハツカも反転して迎撃態勢を取る。
両者の間にある中距離戦の間合い。
この半端な距離の間合いは、剣の間合いからは遠く、魔法を放つには近すぎる距離。
体勢を崩していたハツカと瞬発力を活かせる猪頸鬼。
ハツカは、圧倒的に不利な状況にあって燕麦の防御障壁の展開を放棄して剣を構える。
ハツカは迎撃態勢を取り、猪頸鬼は力強く大地を蹴る。
それは、ここで猪頸鬼を仕留める、と言うハツカの断固たる決意の表れ。
いままでの戦いを通してハツカを見ていた猪頸鬼にしてみれば、それは愚の骨頂。
何度か攻撃を阻まれた燕麦の防御障壁が無いのであれば、それこそ敵ではない。
「ブガッ、ブガッ!」
猪頸鬼は、最後の最後で判断を誤ったハツカに、全力の体当たりを敢行する。




