239.ハツカの剣
「ハツカ、猪頸鬼の一体を、なんとかして足止めしてくれ」
イグナスが見せた、決闘勝負からの馬車の解放。
そこに打開の糸口を見い出したコウヤは、ハツカに,その再現の一翼を振る。
そして、そこには再び馬車を逃す機会を得る事と、もう一つ。
猪頸鬼達の攻撃対象を、こちらで制御する、と言う狙いがあった。
「コウヤ、それは倒してしまうとマズいのですか?」
だが、それは二種類の探知能力で戦場を俯瞰して離脱準備を進めているコウヤの思考。
対して、ハツカの菟糸による探知範囲と思考は、コウヤより狭く即物的。
目の前の敵を倒す事を優先する傾向にあるハツカは、コウヤの言葉に不快感を抱く。
「いや、倒す分には構わない。ただ、離脱準備を進めているんで、あまり距離は取るな」
「つまり、離れすぎていると置いて行く、と?」
「そうだ。あと猪頸鬼達の力は侮れない。熱くなられるのも困る」
「……分かりました」
両者の探知能力による認識差とハツカの勝気な性格によって起こる齟齬。
加えてハツカが戦闘中に何度も冷静さを欠く場面をコウヤは目撃している。
ゆえに、ハツカの承認欲求から来る向こう気の強さを宥め、強く釘を刺した。
その言葉にハツカは、コウヤに了解の意を返す。
一瞬の間があったハツカの返答。
それが、どの程度の理解を示したものだったのかは分からない。
ただコウヤは、その返答をもって、以後の判断を任せる。
そのハツカが猪頸鬼を抑えられるかは彼女次第。
だが、コウヤは、十分に渡り合える実力がある、と見立てている。
ただし、それは防御に徹すれば負けはしない、と言う目算での評価ではある。
コウヤは、ハツカの宝鎖と宝衣の防御能力を高く評価していた。
だが、攻撃能力はと言うと、その攻撃的な性格に反して決して高くは見ていない。
ハツカが、いままで戦ってきて苦戦を強いられた相手の共通点。
それは、力に秀でた者と強固な防御能力を有した者。
前者は、ハツカの宝具を破壊した剣虎や復讐鬼。
後者は、ハツカの攻撃を意に介さなかった針蜘蛛。
そして、両方の特性を兼ね備えていた噛砕巨人とは、専守防衛の態勢で戦っている。
「ブガッ、ブガッ」
「その鳴き声も、伍分厘の奇声に比べれば、ずいぶんと可愛らしく感じますね」
ハツカは軽口を叩きながら剣を片手に持ち、迫り来る猪頸鬼と対峙する。
その猪頸鬼とは、言ってみれば噛砕巨人を小型化したような魔物。
猪頸鬼は、その剛腕によって武器を振るう為、攻撃能力に秀でている。
ゆえにハツカの頭にも、その攻撃能力の高さへの警戒が真っ先に過ぎっている。
ハツカは、棍棒を振り回しながら詰め寄る猪頸鬼を後ろに飛び退いて躱す。
それは、普段では見かけないハツカの動きであった。
ハツカは、通常であれば菟糸による拘束を真っ先に仕掛ける。
そうでなければ、鉄壁とも言える燕麦による防御障壁を前面に設置して防御する。
しかしながら今回のハツカは、そのどちらも選択肢から外して回避行動に出た。
それはひとえに、猪頸鬼の怪力によって宝具が破壊される事を警戒しての行動。
ハツカは、過去に宝具を破壊された事によるダメージの逆流を経験している。
その苦い経験があるからこそ、力に秀でた猪頸鬼を相手に容易に拘束に出れない。
それは、もう一つの宝具である燕麦に対しても同じ事。
いや、むしろ、こちらの方が問題は深刻となる。
噛砕巨人の攻撃も凌ぐ鉄壁の防御性能を持つ燕麦。
その破壊係数は菟糸よりも高く、そうそう破られるものでは無い。
しかしながら菟糸と燕麦は、ハツカの固有能力『菟糸燕麦』が二つに分かれた能力。
その為、能力領域分配によって、その強度に変化が生じる。
燕麦は最初から、この能力領域が多く割かれていた。
それは、ハツカの自分の弱さを頑なに隠そうとしている在り方が反映されたもの。
ゆえに燕麦は、それに見合う防御性能を有した状態で発現していた。
だが、それは言い換えれば、ハツカの精神の核心。
ゆえに、燕麦が破壊された時に、ハツカは能力の再使用が出来ない状態に陥った
このようにダメージの逆流は、場合によっては宝具の再使用を妨げる。
能力領域の分配は、ハツカの任意によって多少は改善される。
また、両方を合わせて100%とする以上、同時展開すれば強度は低下する。
ハツカは転移者としては稀な宝具の複数所持者。
しかし、それゆえの脆さがあり、転移者の中で唯一、宝具の破壊を経験している。
そして燕麦は、身を守る殻である為、基本的に攻撃には使えない。
そうなると必然的にハツカが使える攻撃手段は、手にしている剣となる。
ゆえに現在ハツカは、いつもとは違う立ち回りを、ぶっつけ本番で試みていた。
だが、当の本人に焦りの色は無い。
コウヤにも指摘されたが、長く続いている戦闘による高揚感で好戦的にはなっている。
しかし、同時にハツカは、不思議と落ち着いてもいた。
苛立つ自分と、それを頭上から俯瞰して場を見ている自分を感じる。
目の前の猪頸鬼に敵意を向けている自分と、落ち着いて思考する自分がいる。
ジックリと猪頸鬼を見据え、その動きと思考を追う。
迫力がある猪頸鬼の乱打を横に飛び退き、回り込んで避ける。
その際に、可能であれば攻撃を加える、と言うのが現在のハツカの戦法。
剣の扱いに疎いハツカの攻撃は基本的に、この一撃離脱戦法となる。




