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233.離脱準備

 ◇◇◇◇◇


「ルネとダーハは準備が出来次第、女子供と一緒に馬車に乗り込んで待機だ」

「えっ、私達も乗るんですか?」

「離脱の好機(チャンス)は、いつ来るか分からない。機会が来たら躊躇(ためら)わずに出ろ」


 コウヤから、他者を差し置いてでも馬車に乗るように、と言われたルネが躊躇(ためら)う。

 だがコウヤは、そのようなルネの心情を無視して話を続ける。


「ダーハなら追撃された際に撃退が可能だ。冒険者ギルドへの報告はルネ(リーダー)の役割だ」

「そ、それは……」

「そんな……おにいちゃん達を置いて行くなんて出来ないのです」

「救助に入って一人も助けられず情報も持ち帰れないでは本末転倒だぞ?」

「「……」」


 コウヤの言葉に、二人は沈黙する。

 商隊が魔物に襲われているのを目撃した際、ダーハは当たり前のように救助を選んだ。

 対してコウヤは、容赦なく商隊を見捨てる事を選択肢に入れる。

 そしてルネは、コウヤの言葉を(とが)め、ダーハと同じく商隊の救助を支持した。


 そのような二人に投げ掛けられたコウヤの言葉とは、目的の再確認に他ならない。

 商隊の救助、と言う選択をしたからには、その目的を果たさなければならない。

 その最低限の条件とは、少数でも助け出し、この場で起きた情報を持ち帰る事。


 二人は、その事の意味を、いま更ながらに気づく。

 ゆえに、当時の言動の意味を突き付けられた二人は沈黙した。


 いまも二人は、商隊を助ける為に行動を起こしている。

 しかしながら、いまコウヤによって示された方針に異を唱えた。


 コウヤが示した方針に異を唱えた二人とは、最初に定めたもの──

 つまり、商隊の救助、と言う目的の達成の為に(おこな)うべき方向に向き合っていない。

 対してコウヤが示した方針とは、目的の達成を目指した解決策の一つ。

 両者を比べた時、目的に真摯に向き合っているのは、それを拒んだコウヤの方だった。


「助ける、と決めたなら目的を果たせ。これは、その為の役割分担だ。やってもらう」

「……わかりました」

「は、はいなのです」


 感情を優先させて目的を(たが)えた者と、自己を押し留めて目的の達成を目指した者。

 前者である二人は、後者であるコウヤが示した役割に納得がいった訳ではない。

 しかし、自分達の主張を先に通していただけに、その役割を了承せざるを得なかった。


「それとルネ、シロウのマジックバックが余っていただろう。それを預かりたい」

「えっ、コウヤさん、それをどう言う事ですか?」


 突然、コウヤがマジックバックを要求して来た事で、ルネの顔に不審が浮かぶ。

 ルネにとって、このマジックバックは、行方不明のシロウが置いていった大切なもの。

 それを、ちゃんとシロウに返す事を、ルネは自分の大切な役割だと思ている。

 そしてコウヤは、いままでマジックバックを持つ事に関心を持たなかった。

 そのコウヤが、なぜいまになって、それを求めるたのか、とルネは疑念を(いだ)く。


「そのマジックバックにもポーション類が入っていたな。そいつを預かりたい」

「あっ、えっと……確かにそうすね」


 ルネ達を先に離脱させた後、彼女が所持するポーション類の補充は効かなくなる。

 かと言って、ルネのマジックバックを預かると、薬師の道具も預かる事となる。

 そうなると、万が一コウヤ達が倒れた場合、ルネは道具一式を失う事になる。

 そう考えると、シロウのマジックバックを使ったやり取りをした方が不都合(デメリット)が少ない。


 ただ、そこにはシロウの度重なる失踪でルネが心を痛めていた事。

 それに関して、コウヤが情報を秘匿していた事。

 そして、先程のルネが(いだ)いた心情も考慮した上で訊ねている。

 ゆえにコウヤは、この件に関する決定権をルネに(ゆだ)ねた。


 そのルネはと言うと、自分の感情と現実的な問題の板挟みで心を痛める。


 元々シロウは、道具への執着は希薄だった。

 それもこれも、シロウの戦闘スタイルが無手の近接格闘戦闘と言う事が要因の一つ。

 その為、シロウはロクに装備を整える、と言う事が無かった。


 何か欲しい物や必要な物があれば、手持ちの物で物々交換をする。

 そんなシロウだったから、マジックバック以外の私物が無いに等しい。

 ゆえにルネは、シロウの事を思い出せるマジックバックを手放す事に抵抗があった。


 だが、それはルネの我儘でしかない。

 現実の危機を乗り切る為に、このマジックバックを有効活用するのは当然の事。

 その事はルネもは分かっているが、どうしても踏ん切りが付けられない自分がいた。

 その為、ルネはコウヤの言葉に答えられず、しばし沈黙する。


 ──が、それも、決定権が自分に(ゆだ)ねられているからこそ生まれたものだと気づく。

 そこに、コウヤの気遣いがある事に気づく。


 この事に気づいた時、ふとシロウに意地の悪い選択を迫られた時の記憶が重なる。

 その瞬間、ルネの中で不思議とシロウの物、と言うマジックバックへの執着が薄れた。

 それは、先のルネが思い出したシロウの道具への執着の希薄さに起因する。


 シロウなら、単なる物に固執して危険(リスク)を増長させはしない。

 実際、最初にシロウが行方不明になった時、マジックバックを放棄している。

 その後も報酬で手に入れた篭手を百二足(ヒャクニ)にくれてやり、胸当てや(すね)当ては川に沈めた。

 シロウは、必要以上に道具への愛着を持たず、振り回される事は無い。

 代わりにルネが初めて冒険者ギルドに行き、困窮した時などは手を差し伸べた。


 シロウなら、このマジックバックに、こだわりを持たない。

 コウヤ達の助けになるのであれば平然と手放すだろう。

 そのようなシロウの思考が頭に流れて来たルネの心は、次第に晴れていっていた。


「わかりました。マジックバック内に不足しているマナポーションを補充しておきます」

「ああ、頼む、マジックバックは離脱の際に近くの者に渡してくれれば良い」

「はい」


 ルネは、御者達が馬車に馬を繋ぐ作業をするの裏で、自らの役割を努める。

 一瞬垣間見えたルネのシロウに対する執心(しゅうしん)

 それが、すぐに落ち着きを取り戻した事にコウヤは一安心し、ダーハに向き直る。


「ダーハ、他の仲間達から引き離れる形になるが、ルネの事を頼む」

「はい、ルネさんの事は任せてなのです」


 コウヤは、小さいながらも心強いダーハの答えを頼もしく思いルネの事を(たく)す。


「(これで、こちらは、なんとかなるだろう)」


 コウヤは、一本のマナポーションを飲んで魔力の回復を(はか)る。

 そうして一息を付いた頃、御者達が間近の馬車に馬を繋ぐ作業を終わらせた。

 コウヤは、すぐに御者達と合流すると、次の馬車へ移動して同様の作業を進める。

 こうしてイグナスが猪頸鬼戦士(オーグスファイター)と対峙する裏で、離脱の準備が進行していった。

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