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232.ポーション

 コウヤが、引け目もあってポーションを与えて飲ませた妻帯者達の妻と息子。

 その二人は、最初の襲撃時に負傷し、多くの血を流し危険な状態に(おちい)っていた。


 だが、その後、救援に駆けつけて来た冒険者の中にいた薬師(ルネ)によって危機を脱する。

 しかしながら、その時に受けた治療も十全なものとは言えなかった。


 本来、一本のポーションには、余裕をもって治療が(おこな)えるだけの分量が入っていた。

 だが、ルネがマジックバックに所有していたポーションはパーティの資産でもある。

 その為、戦闘の継続の為にも負傷者全員に使う事は出来ない。

 そうなると配分の関係上、他の調薬と併用した塗布治療を(ほどこ)す事が基本となる。

 そうする事で一人当たりの使用量を抑えつつ、多くの者に治療を(ほどこ)す事が出来た。


 だが、この方法だとポーション量が少なくなる為、治癒促進効果が弱くなる。

 その結果、外観上のキズを塞ぐ事が出来ても、痛みや倦怠感(けんたいかん)が長く持続した。


 そのような状態にあった妻子は、コウヤから調薬をポーションを受け取る。

 そして、ポーションを飲んだ事で、その恩恵を享受して復調したのであった。


 だが、先にも()べたようにポーションには失った血液の回復効果は考慮されていない。

 また薬師は、血液と身体の活動エネルギーである酸素の運搬能力の関係性を知らない。

 この二点から考えれば、ポーションが倦怠感(けんたいかん)を取り除ける事はない。

 しかし、このような場合でもポーションは、ある程度の症状の緩和が出来てしまった。


 その為、ポーションさえあれば多少の流血は気に掛ける事はない。

 と言った誤った認識を人々に与えていた。


 個人差はあるが、ポーションの服用によって体力の回復効果が見られる、この現象。

 そのあまりにも一般的に知れ渡ってしまった誤まった認識は、皆の中で常識となる。

 しかし、それがどのような要因で効果が発揮されているのか?

 その問いに答えられる薬師はいなかった。


 薬師はポーションを配合(レシピ)を元に調合をしている。

 その配合(レシピ)とは、長い年月の中で(つちか)われて来た薬師達の研鑽(けんさん)の成果。

 配合(レシピ)に従って調合をすれば、目的の効果を持つ調薬の作成が出来る。

 そのような見識(けんしき)配合(レシピ)が継承されている薬師達。

 彼らは、その意識を真摯に調薬の作用と知識に向けて研鑽している。

 しかしながら、身体の血液に注目する、と言った意識は無かった。

 その為、()しくもポーションに備わった血液に作用する効果には気づいていなかった。


 人間の体内に流れる血液量は、体重1kgあたり約80mL。

 体重あたり7~8%で、体重60kgの人の血液量は約4.8L。

 全血液量の約20%、体重60gの人で約1L以上を短時間で失血すると出血性ショック──

 つまり、体内の重要臓器や細胞の機能維持の為の充分な循環血液量が得られなくなる。

 更に30%、約1.5L以上を出血すると生命の危険に(おちい)る。

 これは大人の場合であり、子供や新生児だと更に少ない出血量でショックを起こす。


 この身体の仕組み(メカニズム)と、ポーションでは失った血液が元に戻らない事実。

 その二点は、ポーションが人命を救うには不完全な調薬である事を示唆(しさ)していた。


 しかしポーションには、いままで多くの場で、多くの人々を救った実績がある。

 それは(まぎ)れもなく、先の者達と同じ状態から、回復が見られたからに他ならない。


 では、ポーションの何が、そのような作用を身体に起こすのか?

 その条件とは、共通点とは何か?


 その答えは、コウヤと妻子達の行動(本文の最初の一行目)──

『ポーションを与えて飲ませた』と言う一点に集約される。


 つまり、ポーションを負傷ヵ所に塗布して治療するのではなく、口から摂取する事。


 体外に流血して失われた血液の『量』は、水分を摂取する事で短時間で回復する。

 これは、献血後に渡された飲み物を飲む場面を想像してもらえれば理解出来るだろう。


 血液の約半分を占めるのは、約90%が水分で構成される血漿(けっしょう)

 残り半分は、血色素(ヘモグロビン)を内包する赤血球。あとは白血球と血小板である。


 ポーションを口から摂取する事は、献血後の水分補給と同じ効果。

 ただし、これだけでは血液の量は補充されても、他の成分の回復までには(いた)らない。

 血液の成分の回復速度は、その成分ごとに違う。

 献血を例に挙げれば、血漿(けっしょう)成分は二日、血小板成分は四~五日。

 そして骨髄(こつずい)で作られる赤血球は、二週間~三週間とされる。


 つまり、この間は水分補給で血液量は増やせても、血液成分の濃度は低下している。


 献血後に激しい運動や飲酒を控えるように促されるのは、この為。

 循環血液量が減少し、酸素を取り込む血色素(ヘモグロビン)の濃度が薄い状態──

 それは、身体に十分なエネルギーが行き届いていない状態に他ならない。


 ただし、ポーションには身体の治癒促進効果があった。

 その効果によって、わずかながら血液成分の回復速度も促進される。

 薬師の意図せぬ身体へのアプローチの成功。

 これによりポーションは、不完全ながらも即興性の回復能力を発揮する事となる。


 そして、この身体に働き掛けて血色素(ヘモグロビン)を作り出す作用が、他の現象の要因ともなった。

 それがポーションの過剰摂取によって、身体が回復効果を受け付けなくなる現象。

 これは、血色素(ヘモグロビン)を作り出す作用が限界域に達した事によって起こる現象。


 ポーションは、あくまで薬。無から有を生み出す訳ではない。

 そしてポーションを作り出す薬師には、血液の生成の知識など無い。

 そこには、血液の造血、と言う意図が入る余地など無かった。


 その為ポーションには、最初から造血に必要とされる成分が十全には(そな)わっていない。

 身体に貯蔵されていた生成成分が尽きれば、当然、効果が発揮出来なくなる。


 ポーションで水分補給がされ、血液量を水増し出来ても、血色素(ヘモグロビン)の濃度は低下していく。

 そうなれば酸素の運搬能力が低下し、十全なエネルギーが身体に行き届かなくなる。

 これが、ポーションで回復不全が起きる仕組み(メカニズム)

 そして、その土台となった要因は、ポーションが口飲が可能な調薬であった事だった。


 この世界にある魔法と言う存在。

 それがあるがゆえに転移者達が、こう言うものだ、と思ってしまう、この世界の常識。

 しかし、だからと言って、この世界の者が、その常識全てを理解している訳では無い。


 この世界の者達も、そう言ったもの、として(いま)だに解明がされていない現象。

 そこには、転移者達の世界では認知されている(ことわり)が存在していた。


 この世界の一見すると不可解な現象。

 それは、魔法がある世界だから──

 と、一言で切り捨てられる形で現象が成立している訳ではなかった。

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