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231.支給品と報酬

「先払いで、こいつを一本出す。報酬は家族を逃がせる機会(チャンス)だ」


 コウヤは、周囲の妻子連れの男達に視線を流し、このような言葉を掛けた。

 手伝えと言われた案件の報酬の話が、突然持ち出された事で男達の思考が一瞬止まる。


 手伝う内容は、馬車に馬を繋ぐ事。

 その対価として先払いされるものは、一本の小瓶──

 薬師の下で治療を受けた際に見たものと同じ小瓶だった。


「ポーションか……」


 男達は、それを見て逡巡(しゅんじゅん)する。

 それは、ただ馬車に馬を繋げる、と言う事だけなら多過ぎる対価。

 なれど、興奮状態の暴れる馬を相手にするには、気が引けてしまう程度の対価。

 更に、魔物との戦闘に巻き込まれる危険(リスク)を考えれば安すぎると感じる対価だった。

 しかし──


「おとうさん、いたいよぉ……」

「のどが乾くの。お水ちょうだい……」

「私は大丈夫だから、お義父(おとう)さんの方を見ていて上げて……」


 彼らの(かたわ)らには、魔物の襲撃で負ったケガで心身ともに疲弊した家族がいた。

 この現状にあってコウヤが示したものは、何よりも代えがたい対価となり得た。


「報酬がポーションって言うならオレはやるぜ!」

「力には自信がある。任せな!」

「私にもやらせて下さい。妻が苦しんでいるんです」

「馬の(あつか)いなら多少の心得はある。ポーションは息子に飲ませてやって欲しい」

「そうか……だが、悪いが、これの譲渡は許可出来ない。自分に使ってもらう」

「えっ? それは、どう言う事ですか?」


 コウヤは、提示したものを他人へ譲渡する事を禁じ、自分に使うように告げる。

 すると家族の為にポーションを手に入れようとした者が、その是非(ぜひ)を問う。


「おまえ達には十全に働いてもらわなければならない。こいつは支給品で報酬じゃない」

「そんなものが無くても私はやれます。だから妻にポーションを使わせて下さい」

「自分もです。ポーションは息子に──」

「ダメだ。ポーションには限りがある。全てに回せる余裕は無い」

「そ、そんな……」

「しかし……」

「条件に不服があるなら、無理にとは言わない。他をあたるだけだ」

「「……」」


 コウヤがポーションの扱いについて説明すると、二人の妻子持ちは反論を(こころ)みる。

 しかし、その為の言葉を探していた間に、コウヤは彼らの二の句を()った。

 その即断に、二人は、それ以上の言及(げんきゅう)が不可能だと言う事を再認識する。

 なぜなら、それが分かっているからこそ必死にコウヤの言葉に乗ったのだから……


 戦闘が継続されている中で、ポーションが貴重なもの、と言う事は誰にでも分かる。

 そんな中でルネは、調薬をやり繰りして多くの者に治療を(ほどこ)していた。

 だが、それは言い換えれば、応急処置程度に留まっている、と言う事。


 だからこそ、ここには目の前で苦しむ家族を抱えている者。

 家族の為に他者に先んじて、ポーションが欲しい、と思ってしまう者がいた。

 そして、そのような者が、誘いに乗るように誘導したのがコウヤだった。


 ポーションの数には限りがある為、無為にバラ撒く事は出来ない。

 だからこそ、コウヤは最初に『報酬は家族を逃がせる機会(チャンス)』と宣言している。


 そして、あの告知は、彼らのような勘違いをする者を選定する為のものに他ならない。

 その意味は、家族の情を盾にした、従順で肝心な時に裏切らない労働力の確保だった。


 この仕事を上手くこなせば家族を助けられる、と言う希望は既に提示してある。

 その上で彼らに、家族愛と言う我欲で他者を押し退()けようとした事を自覚させた。

 コウヤは、彼らの心に植え付けた罪悪感、と言う種子を育て、その(つる)で縛る。

 そして、善良な二人を精神的にも体裁的にも、あとには引けない所に引きづり込んだ。


「がっはっはっ、そう落ち込むな」

「何も魔物と直接戦う訳じゃないんだ。そうビビるなって」

「ははは、そ、そうですね」

「そうだな。ここから逃れられれば息子を町医者にみせてやれる」

「それじゃあ、御者の協力を頼む」


 能天気な二人の男と、肩を落とす妻子持ちの二人。

 コウヤにとっては、背負う者が見受けられない前者よりも、後者の方が信頼に足りる。

 ひとまずコウヤは、自ら名乗り出た四人を御者のサポートとして確保する。

 そして、先に告げたように各自に小瓶を支給して、その場で口飲させた。


「おお、だいぶん楽になったぜ」

「本当にポーションってのはスゲーな」

「そ、そうですね……」

「早く安全な所まで逃げる為にも、がんばりましょう」


 各々(おのおの)が、いままで(いだ)いていた倦怠感(けんたいかん)が緩和される。

 しかし、その効果の程は、必ずしも同じではなかったようだ。

 元々、弱った様子が見られなかった前者二人には、あまり効果が見られない。

 対して、疲弊感が大きかった後者二人には、かなり効果があったように見受けられる。


 そして、この二組は身体の復調の度合いに反して、その気持ちの持ちようが全くの逆。

 前者は、微々たる回復に大いに喜び、後者は快調するも、その心を沈ませる。

 それは、彼らの背負っているものによる()(よう)の違いによるものだった。


「じゃ、頼むぞ」

「おう、任せておけ!」


 威勢の良い男が、先頭となって消えて行く。

 それを見送ったコウヤは、直後に(きびす)を返して、ある二人の下を訪れる。

 それは、先程コウヤにポーションの譲渡を否定された妻子持ち二人の家族の下。

 そこでコウヤは、彼らの妻と息子に会う。


「ポーションは簡単には渡せない。だが、これを飲めば気休めにはなるだろう」

「そんな、悪いです……」

「おにいちゃん、良いの?」

「危険を(ともな)う仕事に協力してもらっている礼だ」


 そう言うとコウヤは、先程の小瓶に似た品を二人に渡す。

 それは、コウヤがルネから受け取った、もう一つの品だった。


 二人は、その小瓶を薦められるままに飲む。

 すると、先程の男達同様に身体の倦怠感(けんたいかん)が緩和された。

 ずいぶんと顔色が良くなった二人は、コウヤに感謝の言葉を返す。

 だがコウヤは、それは気まぐれで知人に頼んだ果実水だから気にするな。

 と答えて、その場を離れた。


 しかし、そのコウヤの言葉には、ウソが含まれていた。


 コウヤが、二人に飲ませたものこそポーション。

 そして、能天気な二人の男に飲ませたものこそ、ルネから受け取った試作品であった。


 ポーションと同じ形状の小瓶に入っていた試作品。

 その中身とは、ルネが以前に作ったポーションベースの人狼(ワーウルフ)化の治療薬の失敗作。

 ただし、それは失敗作ではあるが、劣化ポーションと言えるものだった。


 コウヤが、御者の協力者を(つの)った時に見せたのも、この流通には乗せられない劣化版。

 そして、あの時コウヤは一度たりとも、あれがポーションだとは言っていなかった。


 先にも触れたが、戦闘中にあってはポーションは貴重な生命線。

 そうそう他に回して消耗する訳にはいかない。

 だからこそコウヤは、ハツカ達前衛が必要とするものを無為に消耗する気はない。

 ゆえに、自分が使う分には劣化版で十分、としてルネから受け取っていた。


 そして、先の告知で先払いの支給品として、見せ札に使ったのも劣化ポーション。

 あとは、十分に元気そうだった二人には、見た目が同じ小瓶に入った劣化版を。

 疲弊状態が深刻だった二人には、ポーションを支給して送り出していた。


 そんなコウヤが、いまほど彼らの妻子にポーションを渡したのは、いわば偽善。

 家族の情を盾に取って協力者に仕立て上げた事への贖罪(しょくざい)であった。

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