222.槍斧と棍棒
◇◇◇◇◇
激しい打ち合いの応酬を繰り広げるイグナスと猪頸鬼戦士。
この決闘で生まれた猪頸鬼戦士の足止めによって包帯男達が馬車へと辿り着く。
「おい、全員無事か?」
「ぎゃぁーっ」
「今度はアンデッドか?」
「いやぁーっ、こっち来ないでぇ!」
「……」
「えーと、この場は僕が彼らを落ち着かせます」
「ああ……任せた」
しかし、絶え間なく続く襲撃で、心身ともに疲弊した商隊の者達に余裕は無かった。
新たに駆けつけた者の中に怪しい包帯塗れの男を確認すると、再び錯乱状態となる。
バンテージ達は、イグナスが抑えている間に、彼らの撤退させる事を考えていた。
しかし、冷静に話が出来る状態ではない彼らを誘導する事は困難を極める。
幸いにしてフード付きの方は、ディゼと一緒だった為か、彼らの拒否反応は薄い。
ゆえにバンテージは、彼らを刺激する事を避けて、ディゼ達に場を任せて身を引く。
そして、猪頸鬼戦士と対峙するイグナスの援護へと回る事にした。
体格で勝る猪頸鬼戦士と互角に渡り合うイグナス。
それは両者が持つ武器である棍棒と槍斧の射程距離によって保たれた均衡。
イグナスは、槍斧の間合いを上手く使い、猪頸鬼戦士の力を相殺して負傷を抑える。
そして、猪頸鬼戦士の間合いの外から、槍斧を叩き込んで反撃する。
一見すると、間合いが広いイグナスの槍斧の方が優位に見える攻防。
だが、その両者の獲物は、異なる方法論で破壊力を求めて生まれた武器。
棍棒は、手に馴染む長さを活かし、小回りを利かせた連打を可能とした打撃武器。
槍斧は、その重量を活かした振り下ろし攻撃で最大の破壊力を目指した重量武器。
言い換えれば、棍棒は射程距離こそ無いが、高い継戦能力を維持して振り回せる武器。
対して槍斧は、長い射程距離と高い攻撃力をもって一撃必殺を目指した武器。
現在、イグナスの槍斧は、相手を捉えられはしても、その威力は乗っていない。
重量のある槍斧の性能を如何なく発揮する為に必要なもの──
それは、槍斧を振り回せだけの空間。
だが、その必要な間合いを、猪頸鬼戦士が詰めて侵食する。
そして、猪頸鬼戦士が詰めた間合いとは、彼の者の棍棒が猛威を振るう間合いだった。
『剣道三倍段』と言う言葉がある。
それは、徒手空拳で剣に立ち向かう為に必要とされる実力の目安。
そして、剣で槍に挑もうとすれば、そこでも三倍の実力が必要だと言われている。
それほどまでに射程距離とは、戦いの場において驚異的な戦闘力を発揮する要素。
だが、その不利を猪頸鬼戦士は、見た目に反した恐るべき突進力で詰め、無効化した。
一旦、間合いを詰められてしまうと槍斧は、長物武器特有の弱点を浮き彫りにする。
棍棒の暴風のような強打の連打の前に、槍斧は防戦一方に追い込まれる。
ただでさえ小回りが利かない長尺武器である上に重量がある槍斧。
その取り回し性能差によって、利点である威力を発揮する場面を作らせてもらえない。
槍斧の柄での鬩ぎ合いで、なんとか猪頸鬼戦士を押し返す。
しかし、それは然したる痛打も、負わせられるものでは無い。
一時的に猪頸鬼戦士を突き飛ばすも、間を置かずに、その突進力で詰められる。
そして再び、その暴風の如き猛打を猪頸鬼戦士が叩き込む。
その身も凍る破壊力を秘めた怒涛の攻撃を凌ぐ作業で、イグナスの精神が削られる。
一瞬の判断ミス、一つの切っ掛けで、あの暴風に巻き込まれかねない攻防。
イグナスは、全神経を集中させ、手ごたえが乏しい攻撃のストレスに耐える。
そして、来たるべき勝機を引き寄せる作業に徹していた。
そんなイグナスが抱えるジレンマを、同じく長物の槍を扱うバンテージも察する。
ゆえに包帯男は、その負担を軽減すべく、イグナスへの介入者の排除に出る。
いまだに、それなりの数が残っている伍分厘。
その伍分厘は、スキあらば猪頸鬼戦士の加勢に入ろう、と言う動きに出ていた。
それは、獲物を得る為に力のある者に取り入り、おこぼれに預かろうとした行動。
そして、同胞を葬ったイグナスへの報復感情込みの行動であった。
「ギィギャ、ゲス!」
「オッサン、そっちに一体行ったぞ!」
「ムッ!」
伍分厘の露払いに努める包帯男だが、残念ながら、その全ての排除は難しい。
イグナスを挟んだ反対側からの侵入には、さすがに手も足も追いつかない。
サントス達は、馬車の守りと撤退準備に掛かっている為、持ち場を離れられない。
ハツカやコウヤ、ルネ達も他の馬車の近くに陣取っている為、助力を得られない。
無い無い尽くしの戦場でバンテージは伍分厘を仕留め、イグナスに警告を飛ばす。
だが、肝心のイグナスは、猪頸鬼戦士とガッツリ武器を交え、鬩ぎ合っている最中。
下手に体勢を変えようとすれば、そのスキを猪頸鬼戦士に付け込まれる。
伍分厘が仕掛けた好機が、どこまで計算されたものだったかは分からない。
しかし、その奇襲は、イグナスにとって最悪の危機で仕掛けられたものであった。
倒された護衛から奪ったと見られる剣を手にした伍分厘が、イグナスに飛び掛かる。
イグナスは、槍斧を握る両手に力を込める。
猪頸鬼戦士との鬩ぎ合いを制しつつ、身体を半歩、前へと押し込む。
それは同時に、身体を半身とする事で伍分厘の攻撃範囲を狭める防御の備え。
必然的に晒す事となる背に、伍分厘の攻撃は誘導される。
イグナスは、それが致命の一撃とならないように、自身の鱗の鎧に、その身を託す。
【ドガッ!】
鈍い衝突音──
いや、地面に倒れ込む音が辺りに落ちる。
不意打ちを食らい、何が起きたか分からず俯せとなり、視点が定まらない。
朦朧とした思考のまま漏らされた言葉には、その混乱の色が色濃く出る。
「グ……グルゥ?」
その声の主は、イグナスに飛び掛かった伍分厘。
周囲に魔物しかいなかった中、悪童が何者かの手によって倒された。
伍分厘は、最後に何が起こったか分からぬまま地に還る。
そして、その傍らに、一本の武骨な鈍器が転がった。




