221.挑む者
【バゴンッ!】
サントスの観察結果が出た直後に、猪頸鬼の攻撃を受け止めたジルムの剣が拉げる。
折れ曲がった剣で追撃を防ぐジルム。
たが、それも直後に弾かれ猪頸鬼の一撃が入る。
大きく吹き飛ばされたジルムは、馬車の一台を巻き込み、全身を強打して意識を失う。
なまじ戦闘に優れていたがゆえに前面に出ていた指揮官の敗北と行動不能状態。
それは、この戦場を、ここまでに持ち直した護衛団と商隊に大きな動揺を生んだ。
指揮官を失った護衛団に混乱が伝播し、組織力が急激に失われる。
魔物への抵抗が低下した護衛団は、瞬く間に再び劣勢に陥る。
そして、ついに商隊の者の中から隙を見て逃走を謀る者が現れ出した。
こうなると、次から次へと、あとに続く者が現れ出す。
しかし、一般人である彼らに、魔物を振り払って逃げ伸びる事など出来るはずもない。
【ブガッ、ブガッ、ブガッ】
魔豚と大差ない鳴き声──いや、鼻を鳴らして威圧する猪頸鬼。
その一挙手一投足に、逃げる事が叶わぬ者達の恐怖が募る。
一人、また一人と餌食となっていく者の姿を見せられた商隊に恐怖が蔓延する。
負の循環に陥った者達の足は竦み、ついには身体を震わせるのみとなる。
馬車の影で身を寄せ、声を潜ませる者達。
だが、そこにも猪頸鬼の手が容赦なく迫る。
指揮官を失い、散開しすぎてしまった護衛団。
無秩序かつ勝手な逃走を謀り、護衛の負担を増やして更なる混乱を生み出す護衛対象。
幾重にも重なる悪条件が、彼らの生命を脅かす。
そのような中で猪頸鬼は、隠れた獲物のニオイを嗅ぎ取って狩猟に着手する。
しかし、サントス達と猪頸鬼との距離は、まだ遠い。
そして、それを妨げられる護衛団も、また近くにいなかった。
【ドガッ!】
「ブガッ?」
だが、その猪頸鬼に、突如襲い掛かった者がいた。
自身の身体を武器に、体当たりを敢行した者──
勢いづいた人間一人分の重量による体当たり。
不意を突いた一撃は、それなりの痛撃を猪頸鬼にも与える。
しかし、猪頸鬼と比べて明らかに体格で劣る、その者の一撃は、あまりに非力だった。
決死の突撃であったであろうの一撃に、猪頸鬼は、さほど痛みを感じた様子が無い。
そして、この事に、不思議と不快感を抱いた様子も無かった。
いや、むしろ猪頸鬼は、口角を上げて喜々とした凶悪な笑みを浮かべる。
猪頸鬼は、自分に向かって来た甲斐性のある不埒者に興味を示した。
そして、その者の面構えを良く見てやろう、と相手を掴み、足下へと叩きつける。
「グ、ギィ……」
「ブガッ?」
しかし、そこで猪頸鬼は、目にした者の正体を知って首を傾げた。
なぜなら、そこにいたのはズタボロとなった伍分厘の姿。
猪頸鬼は、なぜこのような小物が自分に向かって来たのか理解が追いつかない。
「フム、どうやら間に合ったようであるな」
だが、それも遅れて来た蜥蜴人の姿を確認した事で納得した。
なんの事は無い。自分に向かって来たのは、まごう事なき目の前の戦士なのだ、と。
猪頸鬼は、たた一体で立ちはだかった蜥蜴人に瞳をギラつかせる。
そして、眼下で蠢く矮小なる者に棍棒を振り下ろすと、その存在と記憶を抹消した。
◇◇◇◇◇
猪頸鬼を襲った伍分厘。
それは、救援に間に合わないと判断したイグナスが直前まで戦い、虫の息にした個体。
そして、それを槍斧の斧部背面の突起に引っ掛けて飛ばし、介入させたものだった。
イグナスは、伍分厘を猪頸鬼にぶつける事で、注意を自分に向けさせる事に成功する。
「ヌシも武を尊ぶ種なれば、まずはワレの相手をしてもらおうか」
イグナスは槍斧を構え、ふてぶてしく猪頸鬼を挑発する。
その様子に猪頸鬼の戦士は、言葉は通じずとも、その意を解す。
そして、その顔を先程までの狩猟を楽しむものから、戦いに臨むものへと変化させた。
「エル殿、そちらの者達の事を頼む」
「ワウッ!」
イグナスは、馬車の影で震えて固まっている者達の事をチワワ獣に託す。
しかし──
「きゃぁーっ!」
「来るな!」
「こっちに来ないでぇ!」
「どうか、孫娘だけは……孫娘だけは見逃してくれ!」
「おじいちゃーん!」
「ワウッ?」
突如、姿を現した蜥蜴人と見慣れぬ魔獣を、彼らは救いの主だと認識出来ない。
彼らは、小柄なチワワ獣にすら恐怖を抱いて錯乱し、喚き散らした。
だが、その感情を向けられたチワワ獣本人は、不思議そうに頭を傾げるのみ。
なぜならそれは、ある意味、いつもサントスから向けられている感情。
それを毎回、平然と受け止め、逆に面白がっている節さえ見せているチワワ獣。
そんな懐が深いチワワ獣には、彼らの無礼な言いようなど通用しない。
「そのような言いよう……さすがに悲しくなるぞ」
むしろ、直接言われた訳ではないイグナスの方が、ダメージを受ける始末であった。
そんなイグナスを、猪頸鬼の戦士は自身の武器である棍棒を前に伸ばして待ち構える。
それは、まるでイグナスの戦う準備が整うのを待っているかのような姿であった。
周囲の雑多を制する雰囲気を放ち、犯しがたい戦意を放つ猪頸鬼の戦士。
その戦いに臨む得も言えない戦士然とした気勢に、イグナスの気も引き締まる。
と同時にイグナスは、猪頸鬼の戦士との方が精神が通っているように感じた。
イグナスも猪頸鬼戦士に倣い、槍斧を前に伸ばして構える。
互いの武器を相手に示して相対する。
徐々に間合いを詰めていき、ついには武器の先端が交差する。
両者は、そこで軽く武器を打ち合わせると、それを合図に『決闘』を開始した。




