215.傍迷惑な照明弾
「じゃあ、オッサンと俺は最後に駆けつける事にするな」
「なんです? 怖気づいたのですか?」
一通り方針が決まると、それまで大人しかったバンテージが、そんな事を言い出す。
そんなバンテージを、同じく大人しく聞いていたハツカが侮蔑を込めた冷視で刺した。
だが、バンテージは、その視線を飄々とした態度で受け流す。
バンテージも、あのような事を何も考えずに発した訳ではない。
そこには彼なりの考えがあり、それゆえにハツカの口撃に動じる事も無かった。
「俺やオッサンが先陣を切ったら、絶対に向こうは警戒するぞ?」
「そりゃあ、見た目が怪しいのとゴッツイのが迫って来たら、向こうは警戒するにゃ」
「ちょっと、ベスさん、そんな言い方は……」
「フム、だが確かに一理あるな」
それが包帯塗れのバンテージが、強面の蜥蜴人の先陣を制した理由。
そして、それにサントスも同意し、二人と共に行動する事を決める。
「では、自分も少し遅れて追い駆けます。先陣はディゼに務めさせるのが良いでしょう」
「はい、任せて下さい」
「駄犬も今回は後方待機にゃ。戦場が混乱すると迷惑にゃ。後ろで大人しくしてろにゃ」
「ワウッ!」
「ちょっとベス、なんでこっちにケダモノを寄こすんです!」
サントスが、苦手なチワワ獣を押し付けられる一幕を経て、全体の陣形が定まる。
その決め手となったのは、サントスがディゼに先陣と商隊との交渉役を任せた事。
それは魔物に襲われた者への配慮が最も出来る、と判断されてのものだった。
単純に商隊との接触を急ぐのであれば、足がある猫盗賊を先行させた方が速い。
しかし、こう言った時のベスの言動は、簡略化しする傾向があった。
それは、ベスが狩猟時に少ない言語で意思疎通を図っている事。
それにより集団戦での行動速度の向上を図っている事に起因する。
だが、その言動は気心が知れていない者にとっては、言葉足らずに映る。
今回のような場合、そのような者を使いに出すと、その言動から不審がられる。
そのような事で怪しまれて揉めてしまうと、そこが魔物達に付けいられるスキとなる。
スムーズに商隊の護衛団と連携が取れなければ、こちらも余計な被害を被る。
だからこそサントスは、ディゼの元衛兵と言う経験を買った。
衛兵達は、その仕事柄、街中の小競り合いなどの仲裁に入る事が多かった。
サントスは、そう言った経験を積んでいるディゼのトラブル処理能力に期待して推す。
そして、気があるサントスから指名を受けたディゼは、俄然やる気を見せた。
ディゼが先陣を切って駆け、そのあとにマサトとハツカが続く。
そこから少し遅れて、前衛寄りの遊撃位置にベス、後衛寄りにダーハが位置取る。
その直後にコウヤ、ハルナ、ルネと後衛組。
最後尾は、古馬車を収納したサントスを始めとした怪しさ満載トリオ。
そのあとをチワワ獣が、お供として加わって続いた。
「ひとまず、コウヤが照明を上げる前に伍分厘を二体拘束します」
「ああ、商隊に、こちらが敵でない良いアピールになる。やってくれ」
『菟糸』『星弾』
ハツカは、二本の菟糸が伸ばせる射程距離の25メートルを切った時点で仕掛ける。
そして、商隊の周りの明かりから外れた闇に身を潜めていた伍分厘二体を拘束。
そして、それとほぼ同時に、コウヤが星弾を夜空に打ち上げた。
ハツカとコウヤは、先の国境越えでの夜戦経験から、この初手の連携を難なく決める。
夜天に打ち上げられた星弾が周囲を照らし出す。
そして照明弾は、ゆっくりとした速度で降下して行き、その存在感を主張した。
照明の効果のある魔法は、いくつか存在している。
その中のものを大別すると二つのタイプに分ける事が出来た。
一つ目は、松明のように手元の武器などを発光させて使う松明式。
二つ目は、術者から一定の距離を保ちつつ周囲に浮遊させて使う浮遊式。
そのどちらも、形は違えど同じ魔力構造式が使われている。
それが、術者の周囲に発光体を滞在させる、と言うものであった。
対して、コウヤが使った星弾には、それとは異なる魔力構造式が使われている。
それが、術者から魔力を放つ、と言うもの。
そして、これは基本的に攻撃魔法に使われている魔力構造式であった。
加えて星弾には、他の魔法には無い特徴の魔力構造式も組み込まれている。
それが、ゆっくりと自然落下させる、と言う魔力構造式。
照明の為の魔法を、攻撃魔法のように放つ。
そこまでなら狼煙などの合図としても使える魔法、としての運用が考えられる。
しかし、そのあとの、わざわざ発光体を落下させている魔力構造式は全くの無意味。
コウヤの、この魔法のイメージは、元の世界にあった照明弾に他ならない。
そして、それを再現したコウヤには、この魔法に特に思う所も無かった。
しかし、この世界の者達からすれば、星弾の落下挙動は未知なるもの。
この後に何かが起こるのでは? と否が応にも、意識が引かれ注視させられる。
伍分厘との交戦中に、突如、割り込んで来た不確定要素。
実際には、その後、何も起こりはしないのだが、彼らは星弾の挙動から目が離せない。
そして彼らは、奇妙で不完全に映る発光体の下に、ある集団の姿を捉えた。
ここで商隊の護衛団は、自分達以外に伍分厘と交戦状態に入った者達の存在を知る。




