207.起点
「なら、一当てして撤退に入るか」
「ええ、ちょうどマサト達が仕掛けようとしているようです」
コウヤとサントスは撤退の算段を始め、マサト達の動きに目を向ける。
その視線の先では、マサトとハルナが噛砕巨人を挟む形で分断されている。
しかし、それを見たサントスは、二人が攻勢に出ようとしている事を察した。
「ただ、仕掛ける機会が掴めないでいるようです。自分が起点を作りに行きます」
「そうか。なら、おれは機会を見てハツカに撤退に入る事を合図する」
コウヤとサントスは、手短に打ち合わせを済ますと行動に出る。
「ハルナ、自分が先に仕掛けます。誘導を頼みます」
「えっ、サンちゃん?」
サントスがハルナに声を掛け、噛砕巨人に近い大木を駆け上がる。
ハルナは虚を突かれるも、すぐに自分達がしようとした事を思い出して意図を汲む。
そして、空中に飛び出したサントスを見たコウヤもまた、仕掛ける機会を理解した。
『星弾』
コウヤは、揺らめきながら落下する発光体をサントスの背後に打ち上げる。
それは。夜間であれば、周囲を一瞬にして照らし出す光源となる照明弾魔法。
ただ、それを日中である現在、放った所で大した意味を持たない魔法。
しかしながら、それは、決して直視して良い類の光ではなかった。
それを、サントスに注視していた巨人は、図らずとも直視してしまい視界を奪われる。
そして、それは空中戦に意識が向いていたハツカには、異変を知らせる合図となった。
「一体、何です?」
わずかな時間で消え去った星弾が、ハツカの意識をサントスに導く。
そして、そこでハツカの視界に入ったもの。
それは、サントスの収納外套から古馬車が、宙空に出現している場面がであった。
『宿馬召喚』
サントスが、取り出した古馬車に手を触れて叫ぶ。
すると、そこからは、神々しい光を纏う霊体の馬が召還された。
サントス達が『鑑定』の下位能力だと言い張っている『観察』の能力。
しかし、その能力の本質は、使い込まれた物に宿る真価を見定める力。
その能力によって見い出され、サントス達の手に渡った元自警団所有の古馬車。
その古馬車に宿っていたのが、長年共に務めを果たしてきた、死した相棒の召喚能力。
『自衛団』の名を持つ霊体馬が、古馬車を守護する。
霊体馬の加護によって強化された古馬車は、堅牢な車両と化す。
そして、その車体は、召喚された霊体馬の制御下に置かれ、それをサントスが御す。
「ハルナ!」
「オーケー、サンちゃん」『合流』
サントスの呼び掛けにハルナが応える。
ハルナの『合流』とは、味方を術者の下へと引き寄せる合流魔法。
その魔法を使ってサントス達は、出現させた古馬車を噛砕巨人へと加速誘導する。
「食らいなさい」『空間跳車』
サントスとハルナによる攻撃が、噛砕巨人を強襲する。
だが、この時、この攻撃に割り込みに入って来た者がいた。
【カッ、カッ、カッ、カッ、カッ】
主である噛砕巨人の危機を察した大荒鷲が、サントスに突撃を敢行する。
その急旋回からの急降下攻撃に、二本の菟糸で繋がったハツカは空中で振り回される。
しかも、その目まぐるしい空中機動によって、足に絡めていた菟糸が外れる。
大荒鷲の首に残る一本の命綱によって、空中に放り出される事を凌ぐハツカ。
そこからハツカに何が出来る事があるとすれば、菟糸を外して空中に脱出する事。
そうする事でコウヤが、同士討ちを危惧する事なく魔法を放てるようになる。
「ハツカのやつ、いつまで、そうしているつもりだ」
地上から空中を見上げて、大荒鷲とハツカの動向を覗うコウヤ。
だが、そのコウヤの思いとは裏腹に、ハツカに大荒鷲を手放す気など無い。
このままでは、大荒鷲にサントスの空間跳車が空中で中断される。
コウヤは、サントスの援護をすべく、いくつかの魔法を放つ機会を計って待機する。
しかし、大荒鷲とハツカとの位置関係が、どうにも悪い。
時間が経つにつれて、コウヤが打てる手の選択肢が減っていく。
そして、ついにコウヤは、その援護の手を放つ事を止める事となる。
「なるほど。その手がありましたか」
ハツカは、コウヤの思いとは裏腹に、この一連の流れの中から何かを掴み取る。
サントスが噛砕巨人を狙い、大荒鷲がサントスを狙う。
その大荒鷲の背後──
いや、頭上に位置するハツカとは、この上なく大荒鷲を狙うには絶好の位置。
だが、そんなハツカは、ずっと大荒鷲の空中機動に振り回されていた。
その為、魔鳥からは、敵として完全に眼中から除外されていた。
「その頭は、本当にトリ頭ですね」
そして、それが大荒鷲の最大の失策となる。
魔鳥とハツカを繋ぐ残り一本となった菟糸。
それは、現在サントスとハルナを繋ぐ合流と同じ役割を果たしている。
その役割とは、敵と自身を繋ぎ、導く誘導線。
『菟糸燕麦』
発想の起点を得たハツカは、自身の二つの宝具を同時展開して行動に移る。
マフラー状で一対の翼のようになる燕麦の防御障壁で自身を包む。
自然界の燕麦の穀粒は、護頴と呼ばれる包葉で守られている。
これは、米の玄米と籾殻の関係に当たる。
ハツカの燕麦が護頴に当たるなら、菟糸は護頴の先の芒と呼ばれる棘状の毛に当たる。
いまハツカが取っている形態とは、イネで言う所の一粒の籾の姿。
鋭い棘を有した頴と化したハツカが、急速に菟糸を回収して魔鳥との間合いを詰める。
『頴転突貫』
ハツカは菟糸で照準が定めた誘導線上を、錐揉み状に回転して自身を撃ち込む。
高高度からの落下力に、大荒鷲の飛翔力。
菟糸による吸引力に、高速回転による貫通力。
複数の力を取り込んで威力が高めたハツカの急降下攻撃が、魔鳥を強襲する。
サントスの事を照準に捉え、突撃を敢行していた大荒鷲。
しかし、ハツカの急加速で身体に掛っていた負荷が急に軽減された事で異変に気づく。
だが、魔鳥が把握出来たのは、そこまでだった。
サントスまで、あと一飛び、と言う所で魔鳥の身体が沈む。
そして魔鳥は、古馬車が主の下へと向かうさまを見届る事となった。




