205.陣形変更
「ハツカは、可能なら大荒鷲の捕縛を頼む」
「良いでしょう。あの速度に、どれだけ対応出来るか分かりませんが、やってみます」
「どのみちワレでは魔鳥に攻撃が届かぬ。そちらの事は任せたぞ」
「それならイグナスは、ハルナの事を頼む」
「うむ、任されよう」
「トカゲさん、よろしくねぇ」
噛砕巨人が樹木箒を手にした事で、ハツカ達は陣形を変える。
マサトとイグナスは、巨人を前後で挟むように位置を取り直す。
それは、樹木箒を手にした巨人の一振りで、一掃されない為の対策。
そのマサトのナナメ後方には、ハツカとコウヤ。
イグナスの後方には、ハルナが位置取りをする。
これによって巨人が、どちらか一方に攻撃を仕掛ければ、残った方は自由となる。
基本的に巨人の相手は、先制して仕掛けたマサトが引き受ける。
マサトは、巨人の樹木箒攻撃の軌道上に、無数の剣閃を先んじて放つ。
一見して無為な、マサトの空撃ちの斬撃。
しかし、その空間に樹木箒が叩き込まれた瞬間、その軌道が一瞬止まる。
それは、マサトの不可視の剣閃軌跡を空間に停滞させる『武離路』と言う技の効果。
不可視の剣閃を放つマサトの刃路軌同様に、斬撃能力が皆無の秘技。
それは攻撃には向かなくとも、このような設置型の防御障壁としての機能を有する。
噛砕巨人は、その不可思議な抵抗によって攻撃を受け止められ、一瞬のスキを生む。
『炎弾』『流水』
そこに、前後から頭部を狙った炎弾と、ヒザ裏を狙った流水が噛砕巨人を襲う。
コウヤの狙いは、巨人の注意を引き、視界を奪う事。
ハルナの狙いは、いわゆる『ひざカックン』
どちらも、まずは噛砕巨人の動きを鈍らせる狙いで魔法を放つ。
【ズシーンッ!】
そして、狙い通りに噛砕巨人に顔を手で押さえさせ、片膝を大地につかせる。
「頭を下げたな。そのままジッとしていろ!」『武離路』
マサトは、噛砕巨人に駆け寄ると、その頭上に剣閃を張り巡らせる。
武離路は設置型の技の為、先んじて空間に仕掛けておく必要がある。
その為、ハツカの菟糸のような即効性のある拘束技ではない。
しかしながら、それはハツカの菟糸のように、宝具を敵に接触させる必要の無い技。
ゆえに、そこには宝具の破壊によるダメージの逆流への警戒を必要としない。
また、重ね掛けをする事で、拘束力の強化と持続時間の延長を可能とする技であった。
「これは、なんと不可解な技よ」
「まーくんが抑えているうちに、お願い!」
「うむ、心得た」
イグナスは、ハツカとはまた異なった形で噛砕巨人を制したマサトの援護に入る。
大地についた巨人の足に、イグナスは槍斧を叩き込む。
いままでになく長く停滞した巨人に、息継ぎなくイグナスの斬撃が振るわれる。
もちろん、その間にコウヤとハルナの魔法も巨人に放たれている。
ここに至り、初めて巨人に、まとまったダメージが叩き込まれた。
その様子をハツカは、複雑な気持ちで見守る。
現在のハツカは、噛砕巨人から距離を取っていた。
それは、大荒鷲に備えたコウヤの護衛に回っていた為。
ゆえに、いまのハツカは、巨人を菟糸の射程圏内に捉えてはいるが、剣は届かない。
自分では抑えきれなかった噛砕巨人を、現在マサトが抑えている。
そして、その攻勢に、この場でハツカだけが手を出せない状態にある。
それは、ハツカが大荒鷲への対抗戦力としての役割が与えられていた為。
この役割を勝手に放棄して動けば、コウヤ達の身を危険に晒す事となる。
そして、その役割を一身に任されているのは、その実力を見込まれてのものであった。
しかしながら、その事を頭では理解していてもハツカの精神は人知れず蝕まれていく。
一人だけが噛砕巨人戦から手を引かされている状況。
それは、何かと他人と張り合ってしまうハツカの精神に影を落とさせる状況だった。
シロウと行動を共にしていた時は、彼と張り合い、発散されていたもの。
シロウが姿を隠したのちは、黒爪狼によって、慰められたもの。
それは、ハツカの内面から湧き出て来る『不安』と言う感覚。
その源泉となってしまうのは、ハツカの『承認欲求』と『依存心』
自分を認めてもらいたい、と思うがゆえの自己主張と、心を許した者への強い依存。
その二つの精神構造が、不意にハツカを苛ませて、至く精神を蝕む。
だが、ハツカの本質となる、その二つの精神構造が、必ずしも悪いものとは言えない。
なぜなら、砕かれた宝具が、再度満たされた時、菟糸燕麦は復調された。
良くも悪くも、自身の精神を立て直せるだけの性質を持ち、身を守ったハツカ。
そのようなハツカは現在、マサトに対する劣等感によって、その精神に影を落す。
マサトが噛砕巨人を抑え込み、攻撃の機会を生み出している事。
その攻撃に、自分が何も関与していない事。
その事実がハツカの中で、自分よりもマサトの方が、力がある。
自分には出来ない事が出来るマサトがいれば、自分は必要とされない。
そう言った感覚を、シロウの時にも抱き、甘えて殴り、発散させていたハツカ。
だが、いまは、それが許される相手はいない。
ハツカは、上手く処理が出来ない、この感覚を、すでにそれなりの時間募らせていた。
そんな歯がゆい思いを胸に秘めて、マサト達と噛砕巨人の戦いを見せられる。
【カッ、カッ、カッ、カッ、カッ】
だが、そのような状況を、もう一体、歯がゆく思っていたものがいた。
上空から急降下した大荒鷲が、噛砕巨人の頭上を抑えていたマサトを強襲する。
さすがに二体の魔物に目を付けられたマサトは、無用な長居はせず、後方に離脱する。
そして、マサトが魔鳥の降下攻撃を回避した数秒後に巨人の頭が上がった。
「よそ見をしていて良いのか? ヌシの相手は、ここぞ!」
イグナスが、マサトの後退を助ける為に巨人の前で見得を切る。
その声は奇しくも、コウヤとハルナの追撃魔法が止まっていた事で良く響いていた。
噛砕巨人の視線が、自然とイグナスに向かう。
この時、コウヤ達の追撃魔法が途切れたのには訳があった。




