201.伍分厘掃討
◇◇◇◇◇
「駄犬、ゴー!」
「ワウッ!」
ベスの号令で、チワワ獣が伍分厘に襲い掛かる。
ルネ達と合流したベスは、チワワ獣と二手に別れて伍分厘達の間を疾走する。
高機動戦闘を得意とする両者が、次々と伍分厘達に手傷を負わせていく。
決して無理に仕留めようとはせず、一撃を入れては離脱する、を繰り返す。
それは、伍分厘の意識と連携を刈り、ルネ達から注意を反らす事が目的の遊撃。
そして、伍分厘の意識がベス達に向かえば、自ずと他の者達の手に余裕が生まれる。
『狐火』
いままで自衛の為、沈黙を余儀なくされていたダーハから炎が放たれる。
ダーハの魔法の発動時間を稼げるようになった事で、伍分厘達の足が鈍る。
そうなると、サントスの弓銃とルネの投擲の撃退効果も増していいく。
「形勢が決まったな」
「ええ、ベスさんが来てくれて助かりました」
結果、ベスとチワワ獣が加勢に入った事で、一気に形勢が傾いた。
近づく伍分厘の数が減り、手が空いて来たバンテージとディゼが合流する。
そして間もなくして、この場の趨勢が完全に決した。
「ベスさん、助かりました」
「ベスさん、エルちゃん、お疲れさまなのです」
「……ワウッ」
「子狐、気を抜くんじゃないにゃ。周囲の警戒を継続にゃ」
「は、はいなのです」
ベスとチワワ獣が、視界に入る伍分厘を掃討してディゼとダーハの下へと戻る。
ディゼとダーハは、ベス達との合流を喜び、その労をねぎらう。
しかし、ベスは、チワワ獣を見て気を緩ませていたダーハを再度引き締める。
そして、周囲への警戒をダーハに促した。
「ベスさん、ダーハちゃんは、まだ小さいんです。もう少し気を使ってあげた方が……」
「そうです。ダーハは良くやっています。それに周囲の警戒は自分がしています」
「エセ商人じゃ頼りないから子狐に言ってるのにゃ」
「なんですって!」
そこにルネとサントスが合流し、ベスのダーハへの当たりの厳しい言葉を嗜める。
しかし、ベスはサントスよりもダーハに周囲警戒を任せ、近くの木にもたれ掛かった。
そのベスの一言に、いつものように反射的に突っ掛かるサントス。
だが、その直後に、ベスの様子が、いつもと違う事に気づいた。
「ベスさん、もしかして、どこか痛めているんですか?」
「大丈夫にゃ。少し疲れただけにゃ」
ルネもベスの様子が、おかしい事に気づいて声を掛ける。
だが、ベスは、単なる疲労だとだけ答え、手持ちのポーションを飲むと話を進めた。
「私は向こうに戻るにゃ。子狐と駄犬で周囲の警戒。それで魔物を避けて撤退するにゃ」
「ベス、ガブリエルを置いて行くつもり?」
「そうにゃ。エセ商人は、子狐と駄犬を上手く使って撤退の指揮を執れにゃ」
ベスはマサト達の下に戻るに際して、サントス達の役割分担を明確に指示する。
半端にしたままでは、命令系統の混乱が起きて動きが鈍る。
ゆえに、冒険者として経験を最も積んでいるサントスに状況判断を任せる。
そして周囲警戒には、五感に優れたダーハとチワワ獣を充てる事で強化を図った。
「ヤバくなったら出し惜しみをするんじゃないにゃ」
「ベス、それは、どう言う意味ですか?」
ベスが投げ掛けた言葉に、サントスは顔を顰めて訊ね返す。
するとベスは、チワワ獣に視線を向けてサントスに答えた。
「アイツは私に駄犬を寄こして、私は遠慮なくやらせてもらう、って言って来たにゃ」
「……そう、マサトが、そう言ったのなら了解したわ」
サントスの中に、マサトとベスの意図が伝わる。
ゆえに、どちらも自分達を優先して守ろうとして、身を張っている事が分かった。
「ルネ、ベスは左脚と右腕に負傷を抱えています。診てあげて下さい」
「は、はい、わかりました」
「エセ商人、いきなり何を言うにゃ!」
「あとベス同様に、ケダモノも連戦で体力切れです。両方捕まえておいて下さい」
「はい、なのです!」
「子狐も離すにゃ!」
「ルネさんやダーハちゃんに抑えられてるって事は、本当にバテバテだったんですね」
サントスが『観察』で得た情報を開示した事で、ルネがベスの手を取って捕まえる。
ベスは、慌ててルネの手を払って逃れようとするも、意外と脱出が出来ない。
それは、昨晩サントスが、林の中でルネの手から逃れなかったのと同じ現象。
普段のベスなら、容易に捕まえられた手を引き抜く事が出来た。
しかし、体力切れ間近のベスの今回の相手が悪かった。
ルネは、捕まえた孤児院の子供達やサントスの力を反らす事に長けた猛者。
この状況下に於いては、状態の悪さも合わさって、ルネは正しくベスの天敵となる。
そして、そこにダーハが加勢した事によって、ベスは完全に取り押さえられた。




