002.新人冒険者
──冒険者ギルド──
「採取品の確認が済みました。問題はありません。こちらが今回の報酬になります」
「ありがとうございます」
ルネは冒険者となって、前日までと同様に採取依頼をこなしていた。
冒険者ギルドの受付嬢からは、三つに分けられた革袋が受け渡される。
それは依頼の達成と、思いがけない遭遇によって得た狩猟品を換金した本日の稼ぎ。
「それとギルドカードが更新されました。本日付けでアイアンランクへと昇格されます」
「えっ、あ、ありがとうございます」
ルネは、更に思いがけない出来事が重なり、慌てて受付嬢に返事を返す。
と同時に、魔法加工された金属プレートである三つのギルドカードが返却された。
そのうちの一つはルネが所持するギルドカード。もう一つはシロウのギルドカード。
そして最後の一つは、シロウが連れて来た黒髪の少女が所持する物であった。
ルネは報酬とギルドカードを大切に抱え込んで、二人が待つテーブルへと戻る。
「はい、こちらがハツカさんの分になります」
「ありがとう」
「それと今日の狩猟で、みんなの冒険者ランクが上がったそうです」
「わかりました」
長い黒髪の少女ハツカは、口数少なく頷くと、受け取った物を懐に収める。
そして目の前に置かれた果実水を口にして、また沈黙した。
◇◇◇◇◇
シロウが、ハツカこと『如月初華』を連れて来たのが三日前。
以降、教会はシロウが新しく拾って来た大きなお友達を保護していた。
そして多くを語らないハツカを、同年代と言う事でルネが面倒を見る事となる。
こうしてルネは、二人と行動を共にして、連日のように採取依頼をこなしていた。
「ハツカさんは、薬草を見つけるのが、お上手な上に、お強いので頼りにしています」
ルネはハツカに笑顔を向けて語り掛ける。
それをハツカは、どう答えて良いのか分からない様子で、固い表情のままでいた。
これは単にルネがハツカと仲良くなりたい、と言うだけの切っ掛け作りの会話。
しかし、その意思がハツカに上手く伝わっていなかった。
互いに、まだ距離感が掴めていないがゆえの遠慮が、会話を簡単に途切れさせる。
そもそもルネが語り掛けた内容とは、ハツカの能力に触れる事柄だった。
だからハツカとしては、どこまで話をして良いものかと思案する。
ルネの切っ掛け作りは、まず話題の選択から、あまり良いものではなかった。
そう言った行き違いから、毎回パーティの間で微妙な沈黙が発生している。
ともあれパーティの間では、ハツカの能力について一定の共通認識が確立されていた。
それは、シロウ達がハツカとパーティを組んで最初に受けた薬草採取依頼での出来事。
森林地帯の浅い場所での採取ポイント。
ルネは、調べておいた場所を巡っていたのだが、当日は全て空振りとなっていた。
冒険者となって最初の仕事。そこでの思わぬ躓きにルネは意気消沈していた。
そんな不振の裏でシロウ達は、その日の稼ぎの穴埋をすべく魔物の狩猟に取り掛かる。
シロウ達は、前日に出会った少年達のような立派な防具類は持ち合わせていない。
だから本来なら、そんな中で狩れる魔物となると、かなり限定される事となる。
しかしハツカが所有していた能力が、その前提を覆していた。
ハツカは、首から下げている朱を帯びたプレートに手を伸ばして宝具を出現させる。
それは鎖の先に錘と呼ばれる重りが付いた武器。
左手から伸びた『宝鎖』は、兎の魔物を捕捉すると素早い動きで追尾した。
宝鎖は魔物を捕縛すべく飛び掛り、その身体に巻きついて締め上げる。
それはヘビが捕らえた獲物を締め付ける事で、血の流れを止めて仕留める動作。
窒息させるよりも、はるかに早く獲物を殺すとされる必殺の御業。
それを可能としたのは、宝鎖が持っていた能力。
揮発性物質、つまり『ニオイ』を追跡する能力を宝鎖は有していた。
宝鎖は、一度記憶したニオイの探知を可能とする。
その対象は、人であり、魔物であり、そして薬草も含まれる。
そしてハツカの操鎖能力の射程距離は50メートルに及んだ。
ゆえに以降の活動は、ハツカの探知能力によって、採取と狩猟の両面で安定した。
ただし、この類まれなき能力にも問題はあった。
それは仕留めた魔物の血抜きが上手くいかなくなると言う点である。
「だから、そのやり方だと肉が不味くなるから止めてくれ。捕縛するだけで良いから」
「すみません」
ハツカの操鎖能力は、探知と捕縛と言う点に関して十全に機能している。
しかしそこには、力加減と言うものが些か欠落していた。
「まぁまぁ、シロさん、代わりに薬草が、こんなにも採れましたから」
その結果、このようなやり取りが何回も繰り返される事となっていた。
魔物の血抜きは、シロウが担当していた。
それは冒険者に復帰する前の一週間で身につけた技能。
シロウ達は、多くの狩猟品を持ち運べるマジックバックなどは持ち合わせていない。
だから、持ち運べる量に制限がある以上、商品価値を落としたくはなかった。
それがシロウの取り分に、食肉が含まれていた為の抗議だったとしても正論である。
しかし、予想外に多くの薬草が採取出来た事で喜ぶルネには、通用しなかった。
「むしろシロさんは、ハツカさんに感謝すべきです」とさえ言われる始末である。
ルネは、ハツカが魔物を発見し、動きを止めてくれるからシロウが無事なのだと言う。
それは、シロウの戦い方が接近して殴り掛かると言うものであったがゆえの誤解。
しかしルネから見て、そう見えても仕方が無い部分もあった。
なぜならシロウが使う武術が、あまりにも特殊であったから……
シロウ曰く、古の時代から偉大な猛者達の間で伝授されて来たとされる拳法。
密かに受け継がれて来たとされる奥義が、その拳法にはあった。
それはハツカが、その魔物とは本日が初遭遇であったゆえに、探知が遅れた時の事。
突如、目の前に現れた大猪の魔物との戦闘へと突入した。
採取作業をしていたルネの初動の防御が遅れ、ハツカも大猪への迎撃が遅れた。
その時、シロウは大猪の前へと駆け込み、気合と同時に拳を振るった。
「うおぉぉぉっ、ビシ・バシ・シェイ・カッ・ウリャ・トリャ・ハーッ!」
左右の拳と肘打ちと蹴撃、そしてトドメとばかりに放たれた眉間部への掌底打ち。
怒涛の七連撃によって魔物は、大きく後方へと吹き飛ばされ、大木へと激突する。
その大木の下で大猪の魔物は横転し、動かなくなった。
それは、古の時代から偉大な猛者達の間で伝授されて来たとされる拳法。
『ビシバシ聖拳奥義・ビシバシ乱舞』
そう宣言したシロウのふざけた拳法と威力に、ルネもハツカも呆気に取られた。
それは、どう見ても素人の拳。
駄々っ子が振るう、ポカポカ殴りの延長線上に存在する駄々っ子拳。
それはシロウが転移者であったがゆえに、宝玉の能力によって強化されただけの拳法。
吹き飛ばされて打倒された大猪の魔物は、シロウの手によって血抜きされる。
そして、ホクホク顔で大物を狩猟した事を喜ぶシロウに、ルネの叱責が飛んだ。
「シロさん、もうあんな危ないやり方をしてはダメです!」
「えーっ、俺の最強の拳法に掛かれば、あの程度は問題ないのに……」
「もう、ハツカさんからも何か言って下さい」
「では、他にどのような技があるのですか?」
「うん? 他は特には無いかな」
「そうですか……もう止めた方が良いと思います」
「くっ、まさかハツカが、ここまで明確な意思表示をするとは思わなかった」
シロウは、二人から諌められて、しぶしぶと言い分を聞く事となった。
◇◇◇◇◇
この女性陣による共闘が、二人の距離を少し縮めた。
ただ、ハツカに仲間意識を持ったルネではあったが、気になっている事が一つあった。
それはシロウとハツカが、同じ朱を帯びた紅いプレートを首から下げている事だった。