199.数分前の噛砕巨人戦
◇◇◇◇◇
「ウォリャーーーッ!」
雄叫びと共に、豪快に振りかぶられた槍斧。
その一撃が、噛砕巨人の脚に刻まれていた斬撃痕に重なって叩き込まれる。
鎖使いの宝鎖の拘束で巨人の動きを封じ、蜥蜴人の戦士が攻撃を仕掛ける。
一連の流れは、ハツカが最も多用する戦法。
敵の動きを阻害し、必中の機会を生み出す戦い方は、単独でも集団戦でも有用に働く。
しかし──
「くっ、ここまでですか」
噛砕巨人の脚を捉えていた菟糸が、力任せに振り払われる。
いままでハツカの菟糸は、確かに強力な拘束力を発揮した。
だが、噛砕巨人の単純明解な怪力が、菟糸の拘束力を長く持続させない。
力任せに菟糸を引き千切りに掛かり、それが実行可能な噛砕巨人は、ハツカの天敵。
菟糸の破壊が、同時にハツカへのダメージとなる関係上、強引な拘束は継続出来ない。
その為ハツカは、一瞬足止めしてはイグナスに攻撃させ、即座に拘束を解除する。
噛砕巨人も ハツカが鎖の切断を避けている事を理解している。
脚を狙うのも、単に武器が届く範囲だからではない事。
そこに、追い足を削ぐ狙いがあり、執拗に負傷箇所を狙っている事も承知していた。
だからこそ、ハツカが菟糸で拘束し、それを解くまでの刹那──
動きを止めて立ち止まっている所に、噛砕巨人は拳を振り下ろす。
『燕麦』
【ドゴッ!】
だが、その拳をハツカは、もう一つの宝具である燕麦を使って防御する。
ハツカの首に巻かれているマフラー状の宝具である燕麦。
それを展開して、物理防御の障壁を形成し、ハツカは剛拳の威力を反らして凌ぐ。
強固な防御障壁となる燕麦も菟糸同様に破壊されれば、そのダメージはハツカに返る。
その為、ハツカは普段のような燕麦の防御性能だけに頼った防御が出来ない。
噛砕巨人の怪力と重量から繰り出される打ち下ろしの拳。
それは、いままでハツカが受け止めた、どの攻撃よりも高威力な凶器。
ゆえに、ハツカは攻撃を完全に切り捨て、威力を減衰させる作業に集中する。
噛砕巨人の動きを確実に視野に収め、位置取りを調整して直撃を避ける。
「そちらばかり気にしていて良いのか?」
イグナスは、手が届く距離まで降りて来た腕に追撃の一撃を叩き込む。
直前までは、この役割をイグナスが担い、噛砕巨人の注意はベスが引いていた。
だが現在、この場にベスは居ない。
それは、ルネ達が撤退路で伍分厘に足止めされた為、その援護に回ったからであった。
元々ハツカ達に、目の前の噛砕巨人を倒す必要は無い。
ルネ達を連れ去った大荒鷲も、この噛砕巨人も、必ずしも倒す必要のない相手。
それがハツカ達からの視点である為、ルネ達が安全圏まで離脱すれば撤退に入れた。
しかし、そのルネ達が伍分厘に捕捉された事で、予定がズルズルと延長される。
それに伴い、わずか数分の間に噛砕巨人を抑えるハツカ達に掛る負担が激増していた。
◇◇◇◇◇
「アイツら、何モタモタしているにゃ」
当初、噛砕巨人の注意を引き付けていた猫盗賊。
そのベスの視界の端には、撤退に手こずるディゼ達の姿があった。
短剣を武器とし、軽装であるベスは、本来、敵の正面に立って戦うスタイルではない。
そのベスが噛砕巨人と戦えるのは、両者間にある圧倒的な速度差による回避の賜物。
だが、それもベスが万全の状態で対峙して居られる間だけの芸当。
噛砕巨人とベスとの間には、圧倒的な体力差が存在する。
その身体能力の差で、時間か経つにつれて体力で劣るベスの回避能力は落ちていく。
その時が来るまでに噛砕巨人を倒せれば、ベス達の勝ち。
そうでなければ、この戦線が崩壊して全滅もあり得る状況だった。
しかも、噛砕巨人を倒せたとしても、周囲の魔物が集まって来ては追撃を受ける。
その時にベス達に追撃を押し退ける力が残っていなければ、やはり全滅の目があった。
そう言った未来が見えるからこそ、ベスの中で焦りが募り浸透していっていた。
「あれは、おれ達が大荒鷲を逃した事にも責任がある」
「ベス、済まないが、ガブリエルを連れてサントス達のフォローに回ってくれ」
大荒鷲の行動を制御出来なかった炎術師と刀使いが 視線を上に向けてベスに言う。
両者は、大空を駆ける大荒鷲に対して一定の攻撃手段を持っていた。
しかしながら、それは確実に大荒鷲を捉えられる類のものでもなかった。
その為、伍分厘の集団に興味を示した大荒鷲を一度取り逃す。
その結果、サントス達が分断され、撤退が滞る事となったのもベスは把握していた。
ベスのパーティリーダーであるマサトが出した指示の狙い。
それは、ルネ達の追跡時に見せた殲滅力をディゼ達に送り込む、と言うものであった。
そうする事の一つ目の意味は、このコンビの高機動戦闘が格下狩りに適していた事。
これが最大の理由であり利点となる。
対して二つ目の理由となったのが、有効打の問題。
現状のチワワ獣は、大荒鷲を相手に有効に戦えていなかった事。
チワワ獣は、背中にコウモリの翼を有してはいるが、基本的に陸戦の魔獣。
その為、力を発揮出来る伍分厘を相手にさせた方が良い、との判断が、そこでされる。
これらの相性の問題があったからこそ、マサトは、このような再編成を考えた。
それは、ベスも考えた、この状況を打破する手段。
しかしながら、この方法には一つ問題点があった。
それは、現在ベスが噛砕巨人戦で組んで戦っている二人の事。
ハツカとイグナスは、ベスが所属する雷鳴の収穫とは関わりのない者達。
マサトの指示は、この二人に厳しい戦況である噛砕巨人戦を丸投げする事を意味する。
そのような事を、果たして二人が納得するのか、と言う問題が、ここにはあった。
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