198.投擲能力
「エイッ!」
「グバァ!」
ルネが、サントスの予想を上回る数の伍分厘の足止めをして見せる。
ルネの投石は、伍分厘の手足や頭部に次々に命中していく。
それにより伍分厘の手から武器が落ち、頭部を防御させ、前進の足を鈍らせる。
それは、偶然にしては出来すぎな戦果。
明らかに狙っていると思われるルネの投擲攻撃。
急造の投石手であったはずのルネの思わぬ戦果に、サントスは心底、驚かされる。
「これは……どう言う事ですか?」
サントスは、こうなる事が分かっていたのか、とバンテージに問い掛ける。
するとバンテージは、事も無げに、こう答えた。
「投げる動作って言うのは、投げ込んだ量で鍛えられる。先の一投が、それを証明していた」
バンテージは、ルネが先走って攻撃した投擲攻撃を見て、その実力を把握したと言う。
実際、投石とは、人間が最も得意とする動作であるが、全人類が得意とはしていない。
日本人とタイ人。
この二つの人種の投げる能力を比較した時、日本人の方が圧倒的に高い能力を示す。
その能力差は一説には、日本人の女性とタイ人の男性の能力が同等、と言わしめる。
これは、正しくは人種と言うよりも、両国の文化の違いによって生まれている能力差。
日本では、野球やドッジボールなどの投げる動作を多用する球技が親しまれている。
これらの球技を子供の頃から遊んでいる事で、日本人の投げる能力は育まれている。
対してタイは、サッカーやバレーボールが盛んな国。
その為、投げる、と言う動作は希薄で、投げる能力が鍛えられる事も、ほとんど無い。
バンテージが、ルネに見た投擲能力も、この視点によるもの。
明らかに投げる動作が板についていたルネの動き。
それは、ただ魔物の恵まれた力に任せた伍分厘の投石攻撃に見劣るものではなかった。
遊びの中の事であろうとも、繰り返し投げ込まれ、研鑽されていたルネの投擲能力。
そこに、先に述べた目測びよる空間把握能の研鑽が合わさる。
思い付きから伍分厘の投石に対する、見よう見マネのルネの対抗手段。
それが、この苦しかった場面で合致し、ルネに投擲手としての能力を開花させた。
「ほう、面白い事になっているにゃ」
「えっ? ベスさん?」
ルネが伍分厘を牽制していると、いつの間にか猫盗賊が近くまで引いて来ていた。
噛砕巨人の相手をしていたはずのベスの突然の登場にルネ達は驚く。
だが、ベスは飄々と、三つ又のロープの先に石が付いた投擲武器ボーラを取り出す。
そして、活きの良い伍分厘の足下のボーラを放り投げ、足に絡ませて転ばせていった。
「ちょっとベス、なんでアナタが、ここにいるんです!」
サントスは、担当していた持ち場を離れて現れたベスに、その真意を問う。
だが、そこでベスから出た言葉は、決して穏やかなものでは無かった。
「オマエ達の撤退が進まないと、残った者が退けないのにゃ。時間を掛けすぎにゃ」
「だから、こっちに加勢に来た、って事か?」
「そうにゃ。子狐の方には駄犬を回したにゃ。時間が惜しいにゃ。エセ商人、交代にゃ」
「むっ、分かりました。マサト達に長くは負担を掛けられませんからね」
「あと、ルネは、投石の中にボーラを混ぜて援護を続けるにゃ」
「えっ? あっ、はい。わかりました」
サントスは状況を聞かされ、一歩引いた位置に後退し、ベスは逆に前に出る。
互いに武器を、弓銃と短剣に持ち替え、陣形変化を行う。
その際、ベスは事前に聞かされていた情報とは異なるルネに興味を示した。
ベスは、手持ちにあったボーラを、いくつかルネに渡して援護の継続を任せる。
それは、同じく投擲武器を扱うベスが、ルネの投擲能力を認めた証。
ベスは、ルネに足りない力を武器で補わせ、その能力を一段上の戦力へと昇華させる。
その与えられた戦力強化と、ベスに投擲能力を実力として認めらた事。
それはある意味、いままでルネが心に抱え、最も求めていたものの一つであった。
しかし、その承認が、あまりにもアッサリと行われた為、その事実にルネは気づかない。
そんなルネは、ベスに言われた通りに投擲で伍分厘の動き阻害していった。




