196.投石手
「ルネ!」
「えっ? あっ、サントスさん?」
ルネの脳裏に、気づけば合流していたサントスの声が届く。
ただ、声がした方向に顔を向けた時、なぜかサントスに見下ろされていた。
そして朦朧とした意識から我に返り、自分が倒れている事に始めて気づいた。
「アレ? 私は、どうして……」
倒れていたのか、と口に出そうとして頭部に痛みを覚えた。
ルネは、どうにも直前の記憶と状況が繋がらず、意識が定まっていない事を自覚する。
「ルネは伍分厘の投石を頭に受けて倒れたのです。追撃は防ぎましたが大丈夫ですか?」
ルネは、サントスに説明されて、やっと状況を理解する。
どうやら伍分厘の死に際に動揺し、棒立ちとなっていた所を狙われたようであった。
「だ、大丈夫です。もう平気です」
慌てて立ち上がって答えるルネ。しかし、その瞬間、立ち眩みを催してフラついた。
それは、ルネが思っている以上の負傷を身体が認識して鳴らした警鐘であった。
「無理はするな。乱戦だと投石手まで対処が及ばない。まずは盾で自衛に徹してくれ」
「そうですね。ルネは自分の後ろで、背後の警戒を頼みます」
「は、はい」
バンテージは、伍分厘を退き打ちしながら、いくばくかの投石も打ち落とす。
対してサントスも、バンテージが殴打で弱らせた伍分厘を仕留めていく。
どちらも迫る伍分厘への対処で手を塞がれ、投石手への対処にまで手が回らない。
そんな中で二人に負担を掛けている事を自覚したルネは、言われるままに身を引く。
ルネは、飛来する投石を盾で防ぎながら、ポーションを飲んで回復を図る。
サントスが、ディゼ達との合流を後回しにして駆けつけた事でルネは体勢を整え直す。
そのシワ寄せを受ける形となったディゼ達も、伍分厘の投石手に動きを阻まれている。
ただディゼ達には鞘盾で投石防ぎ、ダーハが狐火で応戦する、と言う手段があった。
単純な力、遠距離からの撃ち合い。
そう言った勝負に持ち込めるのであれば、伍分厘よりもディゼとダーハに分があった。
だが、二人には複数の敵に対して、サントスのように上手く捌くだけの力は無かった。
サントスとダーハの共通点。
それは、どちらも長物の武器と遠隔攻撃の手段を持っている事。
ただ、それはダーハの薙刀が、サントスの槍から学んだ動きであるがゆえの類似点。
そして、どちらにも武器が長物であるがゆえに、攻撃の切り替え時にスキがあった。
長物の武器から遠隔攻撃への移行は容易である。
しかし、その逆の両手で扱う槍や薙刀への構え直しは、そうはいかない。
遠隔攻撃後に武器を持ち直す、と言う状況は、敵が迫っている、と言う事。
その状況で判断を誤れば、武器をまともに構えていない状態で敵と対峙する事となる。
その弱点を、サントスは身に着けている貯蔵外套を利用して埋めていた。
しかしながら、ダーハには、それをマネる事が出来ない。
加えて武器を手にするようになって日が浅い為、その切り替えの判断に難があった。
パーティを組んでいる時ならば、この枷は、さして問題にはならない。
しかし、パーティが瓦解し、乱戦となった現在、それは大きな弱点となっていた。
一度、伍分厘達の接近を許してしまって以降、容易に遠隔攻撃に移行が出来なくなる。
鞘盾と薙刀、槍と棍。
伍分厘の攻勢に流されて、完全に接近戦に傾向した編成へと誘導される。
分断と包囲。そして間合いの外からの投石。
何も考えていないように見える伍分厘が見せる絶妙な投石攻撃。
まばらに投じられる投石は、脅威と成り得ないものであっても気を散らせる。
かと言って投石を無視しようにも、その中にルネの意識を飛ばした程の実弾もあった。
その為、どうしても、いくらかの意識を投石に割くと事なる。
意識が投石に向けば、その分、迫り来る伍分厘への注意が散漫になる。
堂々巡りで気を散らされ、投石による身体への負傷が蓄積されていく。
「ヤバイですね。このままだとジリ貧です」
サントスが一体の伍分厘を仕留めるも、その間に数発の投石を身に受ける。
一つ一つは大した負傷にならなくとも、被弾は確実に体力を削る。
積み重ねられた負傷で、動きが鈍っていき、集中力も削がれていく。
サントスの焦りが槍の刺突攻撃の精度を落とし、倒す為に必要な手数が増えていく。
そのような状況が進むに連れ、サントスが接近戦で負う負傷も増えていった。
伍分厘の投石攻撃は、そこそこの威力があり、命中精度も悪くはない。
それを数の優位を生かされて投じられ、サントス達の動きが次第に鈍らされていく。
更に悪い事に、その中に二体ほど、投石を得意とする個体も混じっていた。
その投石攻撃が雑多な投石に混じり、サントス達を目の前の敵に集中させない。
どこから襲って来るか分からない致命傷となり得る投石手からの攻撃。
狡猾な伍分厘の投石手によって、サントス達は心身共に削られていく。
【グバァ!】
だが、そんな中、思いがけない所から伍分厘の叫び声が上がる。
サントスから距離を取り、投石を構えて狙っていた声の主。
その伍分厘の投石手が頭部から血を流し、地面に膝を着いた。
怨嗟の眼光がサントスに向く。
しかし、サントスの両手は槍で塞がれ、弓銃を持つ機会を失っていた。
そんなサントスが、投石手を攻撃する事など出来はしない。
そしてそれは、同じく両手を鞘盾や薙刀、棍で塞がれている他の者にも言える事。
「アナタ達の相手は、こっちです!」
サントスは、背後から聞こえた叫びによって、伍分厘の怨嗟の対象に気づく。
「ルネ、何をしているのです! そんな事をすれば……」
「いや、悪くない」
伍分厘達の敵意がルネに集中する事となる。
そう警告しようとしたサントスの言葉をバンテージが遮った。
一度は、ルネが伍分厘へ投石攻撃を仕掛けた事を止めたバンテージ。
だが、今回は、その行動を止めようとはしなかった。
伍分厘の投石手に対して、ルネが攻勢に出る。
その頭には現在も孤児院の子供達に向けて攻撃しているような錯覚を引きずっている。
ゆえに、ルネは手にした長杖で伍分厘に直接殴り掛かるような事は出来ずにいた。
しかし、このまま何もしないで、みんなの助けになれない事をルネの精神が否定する。
その結果、ルネが取った行動が、この投石による抵抗であった。
ルネが武器としているスタッフスリング、と言う武器。
それは、長杖に結び付けたヒモを使って投石を飛ばす投擲武器だった。
ただ、それは普通に投げるよりも遠くに投石を飛ばす事が可能だが、連射は出来ない。
また、投石時にヒモを振り回す必要がある為、乱戦時に味方の邪魔をしかねない武器。
このように取り回しが難しい為、ルネは、いままでスタッフスリングを使わなかった。
そして、それは現在のルネの状況でも変わりはしない。
ただ、一つだけ、これまで培ってきたルネの力を発揮する方法があった。
「エイッ!」
ルネは、左手で盾を構え、空いた右手で投石を伍分厘目掛けて投石する。
それは伍分厘の投石手と同じ方法で対抗する、と言う実に単純な対抗手段であった。




