192.包帯男
滅多にお目に掛かれない獲物を前に、伍分厘達の興奮は高ぶり続ける。
その伍分厘達は、換装連射の矢弾に被弾しながらも突撃を敢行し続ける。
それは、サントスと共に迎撃をしているダーハの狐火に対しても同様。
ダメージを物ともせず、炎をも恐れない精神状態は、完全にタガが外れていた。
いまの伍分厘は、運動能力が異常なまでに高まり、痛覚が鈍化した状態だった。
伍分厘の集団の前に、たった一つ落ちた果実によって、もたらされた現象。
それは、一種の狂戦士化であった。
換装連射と狐火の弾幕を越え、ディゼの盾を擦り抜ける伍分厘が現れ出す。
バンテージは、サントスの前に出ると、道中で拾っておいた枝付きの木の棒を握った。
それを見た伍分厘は、果実に付いた害虫の排除に掛かる。
手にした棒の長さを活かし、伍分厘は害虫を振り落としに掛かる。
だが、それをバンテージは、トの字の形をした木の棒で受け止め、逆に蹴り飛ばした。
「すまないが、後始末は頼む」
「は、はい、なのです」
バンテージは、伍分厘の接近を阻む事に専念して、以降の処理をダーハ達に任せる。
それはバンテージが、追撃して仕留められるだけの武器を所持していない為の分担。
「ずいぶんと変わった戦い方ですね。なんですかソレは?」
伍分厘の攻撃を防いでは蹴散らすバンテージに、サントスが訊ねる。
「ああ、コレか? これは即席のトンファーだ」
するとバンテージは、左右のトンファーで防御と拳撃を切り替えて敵を叩き伏せた。
「殴る邪魔にならない上に、心許無いが防具の代わりになる」
バンテージは、そう付け加えて説明した獲物。
それが、拳から肘までの長さがある棒に、拳で握る短い棒が付いたトの字型の武器。
その形状は、握った状態で拳から肘までを防御し、繰り出す拳撃を阻害する事がない。
またトンファーは、持ち方を変えれば、違った用途の武器にも変化する。
トンファーの長い部分を相手に向けて振るえば棍棒。
握り部分を相手に向けて振るえば、相手を引っかける鎌のようにも使えた。
『打つ』『突く』『払う』『絡める』と、複数の用途で運用出来る小型の携帯武器。
ゆえに、その応用力高さから、警棒の一形態として採用される武装。
そのような凶悪な武器をバンテージは道中で拾った枝木で再現し、伍分厘へと振るう。
──が、
【バキッ!】
「あ~、やっぱ、簡単に壊れるよな」
所詮、ルネ達の救助に向かう際に拾った、ただの木の棒。
武器として使えるほどの耐久力は有していなかった。
「はわわわわ、大変なのです!」
「いや、まぁ、俺は、元々武器なんて無くても、なんとかなるんだけどな」
バンテージのトンファーが粉砕された事でダーハが焦る。
しかし、その事を当の本人は、全く気にも留めない。
バンテージは、粛々とサントスに群がって来る伍分厘をいなしては蹴り飛ばす。
狂騒状態の伍分厘の力は脅威的。
その突進力と形相には、恐怖を抱かせる迫力があった。
だが、それ以上に、下半身の第三のツノをおっ立てて迫り来るさまは、醜悪でエグイ。
ゆえに接触はもちろん、その姿を女性陣には見せたくはない、とバンテージは思う。
「ガデム、ガッダァ、ガデスト!」
バンテージが何体か蹴り飛ばすも、サントス達の追撃から逃れた伍分厘達が騒ぎ出す。
強い意志を込めた呪いのような叫び。
それに呼応して、後方の伍分厘達からも雄叫びが続いた。
「ガデム、ガッダァ、ガデスト!」
唾液を撒き散らしながら、伍分厘達の勢いが増す。
「伍分厘は、今度は何を言っているんですか?」
「かなり蹴り飛ばしてやったからな。『コンチクショウ』って悔しがってるんだろ」
「ハハハ、良い気味です!」
バンテージの適当な翻訳に、サントスが、ご機嫌で乱射する。
知らない、と言う事は、実に幸せな事であった。




