189.薬師
「ここは……」
ダーハがサントス達に状況を説明していると、ルネが意識を取り戻した。
「ルネ、大丈夫ですか?」
「えっ? は、はい、サントスさん大丈夫です……あっ、ダーハちゃんは?」
ルネはサントスに訊ねられ、自分が置かれた状況を理解しないまま答える。
だが、すぐに直前の出来事を思い出してダーハの身を訊ねた。
「わたしは、ルネさんが庇ってくれたおかげで大丈夫なのです」
「それよりもルネの方がダメージが大きいです。立てますか?」
「そう、ダーハちゃんが無事で良かったです。えっと……私の方も大丈夫です」
「ルネ……」
ルネは、ダーハが無事だった事を喜び、自身の身体も大丈夫だと答える。
しかし、サントスがルネを『観察』で視た所、全身を負傷しているのが視えていた。
それはつまり──
「いまは痩せ我慢に付き合っている余裕は無い。退散する為にも本当の事を言ってくれ」
第三者であるバンテージが、サントスが躊躇った言葉をルネに投げ掛けた。
「別に痩せ我慢なんて……」
「外には巨人や魔鳥がいる。下手な誤魔化しは、あとあとリスクにしかならない」
「そ、そうですね。すみません……」
ルネは、バンテージの言葉に一瞬抵抗するも、その意味を考えさせられて反省する。
そして、壁に手を付いて立ち上がると、自身の状態を確認した。
「足の痺れと若干の疲労感はありますが、おおむねポーションで回復しました」
マジックバックから取り出したポーションを飲んで、復調した、と言うルネ。
だが、それは傍から見ると、まだ無理をしているように映った。
ポーションは、身体の治癒能力を活性化させてケガからの回復を促進させる。
それは言い換えれば、回復の為に、いくらかの体力も消費している、と言う事。
ポーションは、口から飲んでも、傷口に掛けても効果を発揮する。
それは、ポーションが二つの効果を発揮して治癒効果を起こしている為であった。
その一つ目が、即効性の体力回復効果。
これは、治癒効果を発揮するエネルギー補充の為の、身体への吸収性を高める効果。
これにより疲労回復と同時に、治癒効果を受け入れる身体の土台を作り上げる。
二つ目が、身体の治癒能力を活性化させる効果。
これは、一つ目の効果で回復させた体力を使って、身体の異常を治癒する効果。
これが、一般的にポーションの回復効果、と言われるものとなる。
だが、この二つの効果からなるポーションには、もう一つ重要な要素が含まれている。
それが、治癒能力の制御。
身体の回復を目的とするポーションに、なぜ治癒能力の制御が必要になるのか?
それは、行きすぎた回復効果によって、必要以上に体力を消耗させない為。
これが正常な範囲内で行われていないと、身体に別の異常を引き起こす。
端的に言えば、現在ルネが感じている疲労感が、その兆候の一つ。
この状態は、微小ではあるが身体能力が強化されたのちに訪れる反動、と言えるもの。
体力回復と言う急激な身体向上状態は、通常時よりもエネルギーを多く保有している。
その為、得たエネルギーに対して治癒が十分に行われれば、体力回復の効果が残る。
逆に、治癒に必要なエネルギーが不足してしまうと、弱った自身の体力を消耗する。
流通しているポーションは、このような事が起きないように一定品質が保たれている。
だが、それでも以下の二つの症状が、どうしても生じる場合があった。
それが、ポーションの場合の疲労感。マナポーションの場合の酩酊感である。
薬師が作る調薬は、余程ヒドイ状態で使われない限り、これらの症状を起こさない。
なぜなら薬師とは、先に述べた調薬の治癒能力の制御が出来る者の事。
素人が、見よう見マネでは出来ない、二つの効果の調整が出来る者の事である。
そのポーションを使って疲労感を感じているルネの状態とは、良いものではない。
ポーションが、その性能の許容範囲内で、本人の体力を消耗してまで急かせた治癒。
そんなものを抱えているルネの言葉とは──
「まさに『医者の不養生』だな」
バンテージは、ため息をつきながら呟いた。
『医者の不養生』と言う、ことわざがある。
本来、医者は患者に養生の大切さを説くものだが、意外と自分の注意は疎かにする事。
その言葉の初出は、江戸時代の『風来千人』と言う名の著者の戯作『風流志道軒伝』
この著者である風来千人とは、いわゆる偽名であった。
その著の正体は、歴史の教科書にも出て来る人物。
江戸中期に多才で活躍し、『エレキテル』と言えばイコールで繋がる人物。
そう、『平賀源内』であった。
そこで語られる『医者の不養生、坊主の不信心』と言う言葉。
不信心な坊主は名僧にはならない。
しかし、不養生の医者が、必ずしもヤブ医者と言う訳ではない。
医者に限らず、専門家とされる者は、かえって逆の事をしがちである。
これが、今日では、ことわざとなっている名言であった。
その言葉の意味を感覚的に察した周囲の者達が、堰を切ったように言葉を吐き出した。
「ルネさん……ポーションの副作用の事は、みんなが知っています」
「ルネさんは、もう少し自分の状態を自覚した方が良いと思うのです」
「ひとまず意見が一致したようですし、ルネには無理をさせないように行動しましょう」
「えっ? えっ? えっ?」
「なんだかなぁ……なんで全員に分かるウソで総ツッコミを入れられているんだ?」
第三者と言う立ち位置であるバンテージには、ルネに、いろいろと思う所があった。




