188.攫われた者達の経緯
◇◇◇◇◇
「サンちゃん、いまなら行けそうだよぉ」
「では、ディゼ、行きますよ」
「はい」
「おっと、俺の事も忘れないでくれよ」
ハツカとマサトが、噛砕巨人と大荒鷲を抑えているのを確認して集団は駆ける。
サントス達が向かうのは、大木の根元の土砂が崩れて出来たと見える崖の横穴。
そこは、現在も何かが住んでいてもおかしくない大きな開口の洞だった。
ハルナは洞の入り口の近くまで辿り着くと、その前で陣取る。
洞内への進入と回収はサントス達の仕事。
ハルナの仕事は、魔物との交戦組を含めた負傷者の回復。
いまから回収するダーハ達の状態によっては、こちらの回復も担う事となる。
その為ハルナは、全体の動きを視界に収めて、常に動けるようにしていた。
サントス達は、そんなハルナの前を通り過ぎて洞の中に進入する。
中に入ると、すぐに外の光が届かなくなる。
サントスとディゼは、それぞれに光源を用意して明かりを確保している。
光源となる魔法が使える者がいない場合、暗闇の中で再度、明かりを得る事は困難。
その為、複数の光源を用意しておく事で、不意に明かりを失う事を避けていた。
だが、今回の洞は、入り口の大きさの割には意外と浅かった。
それにしては外光が届いていないのは、この洞の中に崩落した形跡が多々ある為。
しばらく進むと奥の突き当りが見え、不自然に直角に曲がった横道があった。
横穴の入り口を隠そうとしていたのか、一部に土砂が堆積している。
そんな明らかに不自然な形跡の奥から、ほのかに灯し火が漏れていた。
「これは……以前にダーハが『砂維陣』の砂塵操作で作った通路と同じものですね」
「じゃあ、やっぱりダーハちゃん達が、奥に逃げ込んでいるんですね」
「でも、わざわざ土を掘って奥に逃げたって事は、この洞、ヤバイんじゃないのか?」
「そうですね。大荒鷲は入れなくとも、噛砕巨人が手を入れて来たのかもしれません」
サントスは、バンテージから投げられた疑問から状況を推察する。
ともあれ、それもダーハ達と合流すれば、すべてが分かる。
ゆえにサントスは、下手な考えを捨てて、灯し火を追って横穴の奥へと進む。
そして、その明かりの先で人影を確認した。
「ダーハ、大丈夫ですか?」
「あっ、サントスさん、わたしは大丈夫なのです。でもルネさんが……」
ダーハの姿を確認したサントスが、その安否を確かめる。
狐火で周囲の様子を浮かび上がらせていたダーハ。
その傍らには、ルネが気を失って横にされていた。
「視た所、全身を強く打ち付けていますね」
「大荒鷲から逃れる時に受けたキズでしょう」
至る所を打ち付け、傷だらけになっているルネ。
その様子を『観察』で視たサントスと、外傷から読み取ったディゼは心を痛める。
「いえ、それが……」
ダーハは、大荒鷲に捕まった後、ルネに庇われて助けられた事を話す。
ダーハはルネに抱えられた状態で、大荒鷲の爪で捉えられた。
いくらか身動きが取れたダーハは、大荒鷲に狐火を放って抵抗する。
その甲斐あってか、はたまた、ここだ目的地だったのか。
ダーハ達は、大木を前にして地面に落とされた。
その際ルネは、ダーハを庇うように抱きしめて守ろうとした。
だが、それくらいで高高度からの落下の衝撃から身を守れるはずがない。
『飛諸魏』
しかし、ダーハには『飛諸魏』と言う、落下に対する対応が可能な魔法があった。
それは、 本来は跳躍用の魔法とされている、一種のトランポリン魔法。
【ボヨォ~~~~ン!】
ダーハは、落下地点の地面に飛諸魏の魔方を設置する事で、落下の衝撃を吸収する。
「うっ!」
「ルネさん!」
しかし、その跳ね返った方向が悪かった。
ダーハを抱えていた事で、真っ直ぐ上に跳ね返らず、ナナメ横にズレて弾かれる。
その結果、ルネはダーハを庇いながら、洞の横の崖面で全身を強打した。
慌てたダーハは、すぐに自分が使える『治祇』の魔法で、ルネを回復しようとする。
だが、頭上では大荒鷲が旋回してダーハ達の様子を窺っていた。
その為、回復処置をあと回しにして、洞に駆け込む事を選択をする。
しかし、その矢先、ダーハ達に突如、影が落ちた。
ダーハは、大荒鷲が飛来したのか、と空を見上げる。
だが、そこで目が合ったのは、大地を見下ろしている巨人の姿であった。
あまりにもの出来事に、身動きが取れなくなったダーハに巨人の手が伸びる。
その時、ダーハの身体が突如、宙を彷徨った。
巨人の手が空を切り、ダーハは後ろに倒れ込む。
その身体の下では、ルネが身を呈して地面への衝突を守っていた。
「……ダーハちゃん、大丈夫ですか?」
「は、はい、わたしは大丈夫なのです。それよりもルネさんの方が……」
「いえ、私も大丈夫です。それよりも早く逃げましょう」
「は、はいなのです」
二人は、頭上から様子を窺っていた噛砕巨人が、次の行動を起こす前に駆ける。
素早く洞に退避して、なんとか噛砕巨人からも逃れる。
だが、噛砕巨人は、そこで諦めず、手を洞の中まで突っ込んで来た。
当初、ダーハは砂維陣の砂塵操作を使って土壁を作って抵抗した。
しかしながら噛砕巨人は、その防御壁を容易に崩していく。
ほとんど時間を稼ぐ事が出来ないと分かったダーハは、次に避難路を作る事にした。
いままでのように、洞の表層の土砂で土壁を作る事を止め、壁面の一点に魔力を注ぐ。
一点に集中して魔力を使い、壁面に穴を掘り、そこで出た土砂で土壁を補強していく。
こうしてダーハは、巨人から逃れようと、避難路の作成を進める。
しかし、多くの魔力を使う通路作成よりも、入り口を塞ぐ土壁の崩壊の方が速かった。
土壁を突破した巨人の手が、ダーハが作成していた通路の一部を、同時に削る。
避難路作成で手一杯だったダーハは、その削られた土砂の崩落に反応が出来なかった。
「ダーハちゃん、危ない!」
「えっ?」
ルネの声に気づいた時、ダーハは彼女の身体の下で、崩落の直撃を逃れていた。
「はわわわわ、ル、ルネさーん!
崩落に巻き込まれたルネは、ダーハを庇い、土砂の下敷きとなって気を失う。
ダーハは、ルネの下から砂塵操作を行い、なんとか土砂を取り除く。
そうしてルネを救出し、確保した空間で魔法による処置を始めたのが。つい先刻。
こうして現在、駆けつけたサントス達との合流を果たすに至っていた。
「わたしの治祇だと、おねえちゃんの回復ほどの効果はないのです」
ダーハはルネを一通り治すも、ハルナほどの回復魔法の力は持ち合わせていない。
その為、いまだに意識が戻らないルネの事をひどく心配する。
そして、再三に渡って、身を呈して守ってくれたルネに申し訳ない気持ちになっていた。




