184.猫盗賊と駄犬
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「これほどの魔物が徘徊する地で、ここまで魔物に出くわさずに追跡が出来るとは……」
イグナスは、コウヤが先導する追跡経路に数多の魔物が倒されている事に驚愕する。
彼ら『雷鳴の収穫』の冒険者ランクの最高位者は金鉱級。
そして先行しているベスは、マサトと同じ銀鉱級だと言う。
だが、本当にそうなのであろうか?
岩鼠に狂騒羊。
現在駆けている周囲には、群れを作る魔物が複数倒されていた
これらを倒しながら先行している斥候。
それを、後追いしているにもかかわらず、イグナス達は未だに追い着けない。
専門が違うとは言え、そのような突破力は白金鉱級であるイグナスには無い。
ゆえに、そのような斥候が、銀鉱級だと言われて信じられるものでは無かった。
「ベスはダーハを可愛がっているし、ガブリエルも懐いている。どっちも本気だな」
「そうだねぇ。ベスにゃんとガブリエルが一緒だと半端ないよねぇ」
マサトとハルナは、改めてチワワ獣を上手く躾けたベスに感嘆する。
だが、それ以上にイグナスは、その先行組の突破力に驚愕していた。
いつも、どこか飄々としている猫盗賊の本気。
ベスが、全ての魔物達を留めている訳では無い。
だが、いずれの魔物達も重度の猛毒症状で、まともに動けなくされていた。
実質、このまま時が過ぎれば、魔物達が絶命するのは必至の状態。
ベスは、その姿を見せつける事で、他の魔物達の襲撃の足を鈍らせる。
いま自分達を襲えば、こう言う末路が訪れる。
下手に襲撃した仲間を庇い、傷口を舐めれば、猛毒が伝播して群れを崩壊させる。
そう言った事が、実際に起こり得るのだ、とベスは魔物達に見せつける。
ベスには、全ての魔物を必殺で仕留められる力は無い。
しかし、その分、姑息な悪知恵は回った。
猛毒で侵した瀕死の魔物を、わざと生かして野に放つ。
その魔物が、そのまま死んでも構わないし、群れに帰らせ猛毒を蔓延させても良い。
どちらにせよ、後々、自分達を襲撃して来そうな対象を減らせる。
そして、ジワリジワリと群れの仲間が倒れ、戦意を無くしてくれるなら、それも良い。
現在のベスは、魔物を狩猟対象とは見ていない。
ゆえに、あとの事は考えず、猛毒をバラ撒いて、どこまでも冷徹に間引きを計算する。
その結果、イグナス達が目にした二割と言う数が、二次被害によって淘汰されていた。
そして、同じ猛毒に触れてもチワワ獣が影響を受けないのもベスの仕込みだった。
ベスはチワワ獣に、こっそりと毒を薄めた物をチマチマと与えていた。
アホの子のチワワ獣は、ソレを嬉しそうに食べては毎回腹を下す。
その事を心配したダーハだったが、チワワ獣は思いの他、早く毒耐性を獲得した。
ただ、サントスが『観察』で原因を発見した時、アッサリとベスが犯人と断定された。
なぜなら雷鳴の収穫で、そのような事を考え、実行するような者は他にはいなかった。
その後、ベスはマサトの必殺の『梅干しの刑』で、口を塞がれる事となる。
だが、その仕込みが現在、実を結んでチワワ獣を無双させていた。
小型ではあるものの魔獣であるチワワ獣の役割は二つ。
一つ目は、魔物の注意を引く事。
二つ目は、反抗する魔物を仕留める事。
異様な魔力を内包する珍獣であるチワワ獣は、否が応もなく魔物達の注意を引く。
その魔力に当てられて敵が逃げるのであれば、それはそれで良し。
逆に敵愾心を剥き出しに襲い掛かって来るのであれば、その背後をベスが強襲する。
そして、猛毒を刻み込んだベスに反抗した者は、チワワ獣が撃退した。
一見するとチワワ獣の負担が大きいように見える。
しかし、ベスに一撃を入れられた時点で魔物達は、猛毒に侵されて弱体していた。
魔物達は、動けば動くほど全身に毒素が回り、身動きを鈍らせる。
そのような魔物が相手であれば、チワワ獣には十分に撃退出来る実力があった。




