181.追い越し禁止
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朝食を終ると、再び狩猟都市への道程を馬車で移動する。
程なくして、ルネが狩猟都市から国境の街へと来た道へと合流した。
往路を逆走していると、来た時に野営をした川辺が見えて来る。
ルネは、あの時はシロウもハツカも一緒だった事を思い出して、少し感傷的になる。
前回と今回の馬車での移動の違い。
それは、護衛依頼時は商隊での団体行動だったが、いまは単独行動である点。
その為、他者との足並みを揃えなくて良い分、現在の進行速度の方が、わずかに速い。
しかし、それも前方に、別の商隊を視界に捉えるまでの事だった。
街道は、常に馬車が余裕をもって、すれ違えるだけの道幅を確保している訳では無い。
山河の地形によって止むを得ず迂回しながら敷かれた道。
そう言った箇所が多々ある為、馬車が、すれ違えるギリギリの区間も少なくなかった。
ゆえに、大きな商隊が前にいると簡単には追い越して行く事が出来ない。
無理をすれば商隊を追い越す前に、対向して来た馬車とカチ合って道を塞いでしまう。
狩猟都市は、大森林の中に作られていた。
その為、その道程である街道の多くの区間が山林の間を通っている。
周囲を山林に囲まれた街道で道を塞いでしまったら本当に身動きが取れなくなる。
それゆえに、そのような事が起きた場合、馬車の所有者は相応の罰金が課せられた。
「この先で小川に近づく場所があるようですし、無理せず商隊の後ろに付けますね」
「そうですね。しばらく水場から離れます。商隊は余裕をもって休憩に入るでしょう」
ディゼが手綱を握りながら意見を求めると、サントスは、その意見に同意した。
商隊が休憩地で休憩に入るのであれば、その時に追い抜く。
休憩を取らないのであれば、こちらが先に馬を休めておこう、と二人は考えた。
しばらく進むと、商隊の先頭の馬車が街道の本道から外れて行く。
その行き先は、並走していた小川へと馬車を寄せるものであった。
「どうやら、予想通り小川で水を補充するようですね」
「では、こちらは、気兼ねなく先を行かせてもらいましょう」
商隊ともなると、そこで消費される水の量も半端ではない。
馬達に与える水を、全て運搬しての行進は不可能ではないが非効率。
道中で、馬を休ませられる水場があるのであれば、そこで休憩と補充を行う。
そうすれば余分な水を運搬する分の人や物資が運べ、商隊は利益を得る事が出来る。
商隊でなくとも、可能な限り水場を巡る道程を移動し、現地で賄う事が一般的。
その観点から、ディゼ達が予想した通り、商隊は馬を休める為に休憩に入っていく。
対してディゼ達には、ハルナの流水がある為、水不足への懸念が無い。
馬車を横付け出来る場所さえあれば街道を塞ぐ事なく、どこででも馬を休ませられる。
それは、カーレースのピット作業で、インチキをしているようなものであった。
一台の幌馬車が、当面の休憩地を無視して通り過ぎて行く。
「おい、ここを通り過ぎると、しばらく馬を休められる場所が無くなるぞ」
商隊の最後尾の馬車に乗っていた大柄な人物が、幌馬車に向かって叫んだ。
その者は、人間とは異なる蜥蜴人と言う偉丈夫の種。
この街道の事を良く知る者だったのか、彼の者は、わざわざ忠告を発してきた。
「お気遣いありがとうございます。でも、僕達は大丈夫です」
ディゼは、忠告してくれた蜥蜴人の心遣いに感謝して横を通り過ぎる。
「旅路をナメてるヤツって、やっぱいるんだな」
「ああ、馬に無茶をさせて潰すパターンだ」
「見た所、かなり年季の入った馬車だな。そんなので次まで行けるのか?」
だが、蜥蜴人とは対照的に、その他の者達はディゼ達に呆れ、嘲笑う感が強かった。
しかし、彼らの反応は、特におかしい訳ではない。
今回の場合、常識知らずなのは、旅路を甘く考えているディゼ達の方。
とは言え、彼らの考えには、マックバックによる物資の確保の可能性が抜けていた。
だが、それも致し方が無い事だった。
どう言った経緯か分からないが、古馬車を手に入れて調子に乗った若い連中。
彼らには、そう見えるディゼ達が、常識知らずな行動をしているように映っていた。
馬車の者達からは無鉄砲に見えても、ディゼ達には十分な備えがあった。
水も食料も問題なく、御者の交代要員もいる。
馬車での旅路の備えと対策は、サントスが十分に構築していた。
ただ、やはり互いの常識が違う為、外野から、とやかく言われて不快な思いをする。
フード付きのコートで姿を隠しているサントス。
そのような出で立ちである為、同じような不快感を抱く事を多々経験していた。
その為サントスは、あのような者達から、さっさと視線を外し、地図に視線を落とす。
彼らの中での常識は、必ずしもサントス達に当て嵌まらない。
そう思い、以前にも似たような経験があったな、と、さっさと通り過ぎようと考えた。
そんなサントスの機微に気づいた蜥蜴人は、御者のディゼと共に肩をすくめる。
共に、なぜ無益に相手を不快にさせるのか、と言う気持ちが同調し、親近感を抱く。
蜥蜴人とディゼは、互いに旅の無事を祈りながら相手を見送る。
そして蜥蜴人は、サントスと同じような出で立ちの連れの男に声を掛けた。
「さて、ワレは、水汲み仕事を頼まれているので、しばし行ってくる」
「じゃあ、俺も一緒に手伝うよ」
「ヌシは、病み上がりだ。顔色も良くない。あまり無理はするでない」
「これは、どっちかって言うと、乗り物酔いの方が大きいんだけどな」
蜥蜴人の連れの男は、馬車の奥に積まれた空樽の影から姿を現す。
蜥蜴人とディゼの会話の成り行きを、馬車の奥で静かに観察していた連れの男。
この二人の会話に他の者達は、我関せず、と言った様相で顔を背けていた。
それは、人間とは違う蜥蜴人の姿を敬遠したからではない。
むしろ、人間である連れの男の方を敬遠しての距離の離し方であった。
その男は、全身をフード付きのコートで隠していた。
そして、その下の身体からは薬草の強烈なニオイを放ち、全身が包帯で包まれていた。
ゆえに、包帯男と呼ばれた男も気を使って、馬車の奥で大人しくしていた。
馬車が川辺に寄せられて止まると、蜥蜴人は空樽に水を補充しに行く。
蜥蜴人は、川で汲んだ水で満ちた重い大樽を馬車へと担ぎ上げていく。
その間、包帯男も他の馬車の小型の水樽を回収して、そちらの補充をして回っていた。




