018.武術大会概要
──冒険者ギルド──
シロウ達は、この滞在期間を、どう過ごすかで迷っていた。
ファロスが武術祭の準備の為に余裕を持って街に来ている関係で、半端に時間がある。
武術祭までは4日間、武術祭は6日間に渡って開催される。
シロウ達は、教会の宿舎を使っているので宿泊代の負担は無い。
ただし、武術祭を楽しむ為の資金を少しは稼いで起きたい気もする。
そんな訳でシロウは、依頼ボードと睨めっこしていた。
張り出されている依頼で目立っていたものは、大雑把に分類するとこうなる。
・納品依頼、武術祭の露店で販売する品の素材の補充。
・警護依頼、武術祭の期間中の治安維持。
・討伐依頼、国境の街へと繋がる街道の安全確保。
「あとは、出店協力ってのもあるな、売り子や調理補助って感じか?」
シロウは、討伐依頼の中に前日のヤガランテの群れの物がある事に気づく。
依頼表には、ゴールドランク以上と言うランク制限が掛けられていた。
「そっかぁ、ニつもランクが上の依頼になるのか、見逃してもらえてラッキーだったな」
シロウは、すでに戦う気など無かった。
武術祭に参加するような連中が、道中の小遣い稼ぎに倒してくれる事に期待する。
「おっ、なんだテメェ、今日は一人かよ」
そんな感じで依頼表を見ていたら、聞き覚えのある声で絡まれた。
「あっ、やっぱりトムヤンクンか」
「そのバカにしたような呼び方、止めてくれないかしら」
相変わらず口が悪いトムに絡まれ、ヤンの蔑むような視線で刺される。
ハツカと言いヤンと言い、性格のキツイ美人さんの視線って、一際キツく感じる。
「ボクの名前は、勲じゃなくて勲だからね」
だから、からかい甲斐のある優等生がいてくれて本当に助かる。
「まぁ、そんな事よりも、テメェも武術祭のメインの武術大会の登録に来たのかよ?」
「えっ、そう言うのもギルドでやってるのか?」
「アナタは、本当に何も知らないんですね」
ヤンは、武術大会とギルドの昇格試験が連動している事をドヤ顔で説明してくれた。
アイアンランクからシルバーランクへの昇格条件に、護衛依頼の達成が含まれている。
つまり、武術祭の開催地までの護衛依頼を受ける事で、昇格条件の一部が達成される。
そして武術大会で示した実力に応じてギルドは更に上のランクへの昇格も認めていた。
「ここでオレ達は、一気にランクアップさせてもらうぜ」
トムが、根拠の無い自信で吠えている。
しかし、アイアンランクのコイツらが、格上の相手に勝てるとは思えない。
その辺りを、どう考えているのかと探りを入れてみると、イサオが答えた。
「武術大会の試合は、六部門構成になっているから、ボクらにもチャンスがあるんだよ」
武術大会の参加者募集の張り紙を指差してイサオが説明をする。
要約すると、冒険者ランクによる制限が掛かっている試合形式が採用されていた。
武術大会の規定は以下となっている。
・シニアランク 冒険者ランクがシルバーランク以下を対象にした対戦。
│
├ウェポン 魔法の使用を禁止した対戦。
├マジック 魔法を介さない物理攻撃を禁止した対戦。
└オール 武器や魔法による制限を課さない対戦。
・マスターランク 冒険者ランクがゴ-ルドランク以上又は、冒険者以外による試合。
│
├デュエル 一対一の対戦。
├アサルト 三対三の勝ち抜きルールによるチーム戦。
└スナイプ 五対五のポイント奪取ルールによるチーム戦。
冒険者以外は、マスターランクの試合にしか参加出来なくなっていた。
これは訓練を受けた兵士や武芸者の方が、自己流の冒険者より強い事が多いからだ。
逆に言えば、冒険者登録をして間もない実力者であれば、この抜け目を掻い潜れる。
「オレらは、最初からシニア・ウェポンでの優勝に狙いを定めていたからな」
「ボク達の装備なら、ワンランク上の人を相手にしても、引けを取らないと思うよ」
「まともな装備が無いアナタは、下手に参加せずに見学していなさい」
名称こそシニアとなってはいるが、ジュニアのようなルールだものな。
シロウは、そんな考えが頭に浮かんだが黙っておく。
元からそんな大会に出る気も無かったので、ヤンの挑発に乗る気も無い。ただ──
「オマエ達、全員で同じ試合に出るのか? 身内で潰し合いに成りかねないぞ?」
本気で優勝を狙うのなら、三人とも別の試合に参加した方が良いように思える。
しかし、トムヤンクンは全員が剣士なので、それは無理なのも分かる。
だから、どこまで本気でいるのかと思って聞いてみた。
「それなら考えているよ、ボクだけはシニア・オールで登録するからね」
「と言う事は、魔法が使えるのか?」
「いや、ボクは生活魔法が使える程度なんだけどね」
シロウは、イサオが魔法が使えるからこそ、魔法ありの試合に出るのだと思っていた。
しかし実際は、ろくに使えないと言う。
シロウは、以前に目にした魔法の事を思い出して、対策なしで戦いたいとは思わない。
それにも関わらずイサオは、楽観的に考えている様子だった。
「剣と魔法が使えるって一見スゴイけど、このレベル帯なら半端な実力になると思うよ」
イサオの見解を聞いて、なるほど、と思う。
結局シニア・オールの試合とは、どちらかの技能に比重を置いた戦い方になるだろう。
仮に両方を平等に鍛えていたとしても、同時に使える技が、そうあるとは思えない。
むしろ、どちらも低レベルの技量しか持ち合わせていない者の方が多いだろう。
何より、魔法を得意とする者なら、シニア・マジックに参加する。
剣技を得意とする者は、シニア・ウェポンに参加する。
どう考えても、専門とする戦い方が出来る試合に参加した方が実力が出せるからだ。
そう考えるとシニア・オールは、武具を揃えているイサオに利があるように思えた。
「そうか、そう言う事なら分かったよ、がんばってくれ」
シロウは、大会に参加する気が無かったので健闘を祈る。
しかし、それにトムが、相変わらず訳の分からない絡み方をしてきた。
「なんだ、テメェは出ねぇのかよ」
「好き好んで、刃物の前に身を晒す気は無いよ」
「覇気のねぇヤローだな」
「参加者が一人減るんだ、その分、優勝しやすくなるんだから構わないだろ?」
「ああん? それはテメェがオレより強いって言いたいのか?」
「俺は、応援したつもりだったんだけど、なんでこんなに絡まれてるの?」
シロウは、もう勘弁してくれ、と思う。
トムよ、武器なしの俺に対しての合法的なイジメって良くないと思います。
本当に止めて下さい。
「トム、彼の言う通りだよ、そんな言い方は止めようよ」
「単に戦ってみたかっただけでしょう。要はバカなので気にしないで下さい」
「オマエさぁ、味方から総ツッコミ入れられるってどうなんだ?」
「うるせえ、ああ、もう良いからテメェは、さっさと、どっか行け!」
「ちょっとトム……本当にゴメンね」
シロウは、イサオの謝罪の後ろでヤンによって隔離されていくトムを見送る。
戦闘狂のツンデレ(デレを見た記憶がない)とは、単純に気分がよろしくない。
ただ、話しとしては面白い内容が聞けたと満足する部分もあった。
ファロスが言うには、武術祭では酒場で、ちょっとした賭けが開かれるらしい。
強さを競う勝負とは単純明快で、最後に残った者こそが勝者。
そしてその過程は、見ている者に興奮をもたらせ、酒が飛ぶように売れる。
ゆえに勝者を当てた者には、酒か料理かを選んで、一品サービスがされると言う。
シロウは、酒場に寄ったらトムヤンクンの三人のチケットは抑えておこうと決める。
特にイサオは優良物件のように思えた。
ここはまず固いのではないか、と食事の為に心底応援する。
こうして思いがけない楽しみをシロウは見つけていた。
「シロさん、お待たせしました」
「シロウ、何をニヤついているのです、気持ち悪いです」
「なんだろう……トムの後だと、ハツカの反応が可愛く見えてくる」
「えっ、シロさん、いきなりどうしたんです?」
「いま、ものすごく嫌な悪寒を感じました、近寄らないで下さい」
「いや、気のせいだったみたいだ、ものすごく心が抉られた」
さすがに二人に引かれたままだと話が進まないので、バカ話しはそれ位にしておく。




