174.駄犬の憂鬱
スープ作りも一段落して、再び、静かな夜を持て余す。
手持ち無沙汰となった事もあって、ダーハが、コクリコクリ、と舟を漕ぎ出した。
まだ幼い子狐のダーハは、日中の戦闘での疲労もあって、身体が休息を欲する。
「ルネちゃん、しばらく寝かせて、起きないようなら馬車に連れて行ってくれる?」
「はい」
「それと、ルネちゃんも無理はしないで、そのまま休んでくれて良いからねぇ」
「はい、ありがとうございます」
ルネは、コウヤが自分とダーハを先に見張りに付けた意味を今更ながら理解する。
戦闘中に特にダメージを受けたのはルネとダーハ。
その後、いくら魔法などで回復を図ったとは言え、全快している訳ではない。
その事を考慮して、ルネとダーハの負担の軽減。
そして睡眠が十分に取れるように、と配慮されていた。
加えて言うなら、サントスとディゼの時間帯を分けた事にも意味がある。
この二人──正確にはハルナを含めた三人は、馬車の御者が出来る人材。
そこには、全員が体調不良や夜戦で負傷する、と言った場合を避ける意味も含まれた。
こう言った体調管理は、旅客機のパイロットの機長と副操縦士の食事管理に相似する。
二人のパイロットは、航空中でも地上でも、同じ食事は取らない。
それは多くの人命を預かり、長時間のフライト中に同時に食中毒にならない為の予防。
コウヤが、魔力の回復の為に三人の魔術師の時間帯をズラしたのも同様。
魔力が尽きれば、ただの人と化す魔術師が、同時に魔力の枯渇を起こさない為の対策。
ルネとディゼには、そこまでの考えが至っていない。
しかし、そのような点はハルナやサントスが、しっかりと把握してフォローしていた。
いつもならダーハの近くにいるチワワ獣も、いまは少し離れている。
その姿はダーハに懐いているからこそ、眠りを妨げないようにしているものであった。
「ダーハちゃんの眠りは深いようですし、馬車で寝かせて来ますね」
ルネは、ダーハを抱き抱えると、馬車へと足を向ける、
「うん、お願い。あとはボク達が起きてるから、ルネゃんも休んで良いからねぇ」
「はい、それじゃあ、お先に失礼します」
「うん、おやすみ」
ハルナとサントスは、ダーハを抱えて馬車へと向かうルネの背中を見送る。
そしてサントスは、衰えた焚き火に薪をくべると、おもむろに立ち上がった。
「少し心許ないですね。『薪を拾って来ます』」
「サンちゃん、りょ~かい」
サントスは、背伸びをしながら一声掛けると、少し離れた林に薪を拾いに向かう。
すると、いままで大人しくしていたチワワ獣が、ムクリと起きて、あとを追う。
『合流』
しかし、そんなチワワ獣にハルナが、両手を広げて魔法を飛ばす。
すると、チワワ獣は、宙空に浮いたままハルナの下へと引き寄せられて行った。
「もう、ガブリエル。そっちに行っちゃダメだよぉ。サンちゃんが驚いちゃうからねぇ」
ハルナの胸に飛び込み、両手でガッチリと捕まえられるガブリエル。
それは、ハルナの『合流』と呼ばれる魔法。
その効果は、視界内の味方を自身の下に引き寄せる、と言う合流魔法。
ハルナは、この魔法を毎回のように、逃げるガブリエルに使っては撫で可愛いがる。
チワワ獣はサントスの事を気に入っているが、サントスの方は苦手意識を持っていた。
その理由は、ガブリエルのチワワ顔への恐怖。
毎回ガブリエルは、愛嬌たっぷりにサントスに駆け寄るが、その度に邪険に扱われる。
対してハルナに見つかると、これでもかと言うほど撫で可愛いがられてグッタリする。
このようにガブリエルと両者の間には、どちらにも一方的な愛情表現が発生していた。
その為、普段のガブリエルは、友達感覚となるダーハとの行動が多くなっている。
ちなみに、マサトとは主従関係。ベスとは躾けの師弟関係が築かれていた。
そんな、構ってちゃんのハルナに捕まったガブリエルは、ジタバタと脱出を試みる。
しかし、毎回の如くガブリエルは、愛情たっぷりに撫で回され、オモチャにされた。
「お~、よちよち。も~う、ガブリエルはカワイイなぁ」
「ク、クゥ~ン……」
ガブリエルは、ハルナ達の世界に、このような言葉がある事を知らない。
『魔王からは、絶対に逃れられない』
無知なガブリエルは、今回も魔の手から逃れる事が叶ず、グッタリとさせられた。




