173.ジックリ、コトコト
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夕食を終え、夜の見張りに備えてコウヤとディゼが馬車で仮眠を取る。
残された四人は焚き火を囲み、野草茶を飲みながら、ゆったりとした時間を過ごす。
静かな夜。持て余す時間──
「そうだ、せっかくだから、トリガラのスープを作ろう」
しかし、そんな時間が、ハルナの思い付きで動き出した。
ハルナは、焚き火の上にナベを掛けて、お湯を沸かす。
そして、手元に残してあった、ダーハが解体した魔雉のガラをナベへと投入した。
「ハルナさん、何をしているんです?」
「火も時間もあるから、魔雉から出汁を取ってスープを作ろうかなってね」
「出汁ですか? シロさん達が昆布を茹でて作っていたようなものですか?」
「そうそう。こっちの方が手間は分かるけど、種類は増やしておきたいんだよねぇ」
「おねえちゃん、わたしも手伝うのです」
「じゃあ、ダーハちゃん、アクが出てきたら取っるのを手伝ってねぇ」
「はいなのです」
「あっ、私も手伝います」
「うん、ルネちゃんも、お願いねぇ」
「美味しいものが食べられるのは良い事です。構わないので作って下さい」
「サンちゃんは、相変わらず見ているだけなんだねぇ」
そう言うとハルナは、鍋に塩と酒を加えて、お湯を煮立てていく。
そして、じっくりと時間を掛けてアク取りをしていった。
「アクを取っている時に、一緒に浮いてる黄色いのは、脂だから残しておいてねぇ」
「「はい」なのです」
ハルナに言われてルネとダーハは、注意しながらアクを取っていく。
脂を敢えて取らずに残した物は、コクのあるスープとなる。
逆に、脂もアクと一緒に取り除いていば、スッキリ、サッパリしたスープに仕上がる。
今回、ハルナが選択したのは、コクのあるスープだった。
それはハルナ達が冒険者であり、このようなスープストックを野営時の食事に使う為。
人間は、疲労時に味覚が変化する。
端的に言えば、甘味以外を感じにくくなる。特に顕著に現れるのが酸味。
疲労時に梅干しが食べたくなる。
スポーツ後に、グレープフルーツやレモンのハチミツ漬けを薦められる。
そう言った話で、口にされている物は、やはり酸味の食べ物となる。
それらは、疲労時に最も味が感じにくくなっているからこそ受け入れられている。
逆に言えば、そられは身体が最も欲している物であるからこそのメカニズム。
対して、疲労時でも味覚に変化が無く、通常時と同じ味を感じられのが甘味。
ゆえに──
「疲れてるせいか、全然、甘く感じられないから、食べ過ぎちゃった」
などと言うポッチャリさんがいたら、それは、ただの食べ過ぎな人である。
ともあれ、ハルナは、疲労時の味覚の低下を考慮に入れてスープを作っていた。
{(まぁ、手作業じゃ脂を全部残す事なんて出来ないし、ほど良い感じになるよね)}
ハルナは、水流操作を使えば、水と油の分離は容易だったが、あえて二人を見守る。
そして、味がシッカリとした物を目指してスープを作っていた。
アクが出て来たら取り除き、水が減ってきたら、ガラが被るまで水を足す。
アク取りに掛ける時間は長いが、火に掛けておくだけなので意外と苦は無い。
三人プラス一人のオマケ付きの作業。
気長に会話を交えながら、ジックリ、コトコトと煮込んでいく。
そして、最後に布を使って漉して、ベースとなるスープストックを完成させた。
「なんで、自分には分けてくれないんですか!」
「だって、サンちゃんは見てただけで、手伝いもしなかったからねぇ」
そして、作ったスープは、当然のようにサントスを除いた三人で分けられた。
「スープは常温だとすぐに悪くなるから、ちゃんとマジックバックに入れておいてねぇ」
トリガラのスープを冷蔵庫で冷やした場合の保存は、二日が限度、と言われる。
だが、ここで冷やしたスープには、一つの変化が起きる。
それは、スープの中に溶け込んでいた脂が固まり、分離させられる現象。
この脂を掬い、スープ本体とは別にする。
これらを、製氷皿などで、一回の使用量に小分けにして冷蔵庫で冷凍保存する。
これが、本来のスープの保存の最適解。
小分けにされた物は、スープを温め直す際に改めて脂をスープに入れる。
このようにすると、スープの風味が落ちにくくなり、保存期間が十日程まで伸びる。
しかし、この世界には、収納時の状態が維持されるマジックバックがあった
ゆえに、ハルナは、作った温かい状態のス-プを三つのナベに分けて三人で分ける。
ついでに、共有の腕輪でマサトが使えるようにと、黒板にメモを添えて収納した。
その後、調理した者の特権で、スープストックを少し使って夜食を作る。
スープに塩と酒を加え、一煮立ちさせたあと、葉野菜と少しばかりの魔雉肉を加える。
一通り火が通らせて作った簡易スープ。それをカップに注いで味見会を始める。
「自分にも! 自分にも下さい!」
「サンちゃん……そんなに必死にならなくても、ちゃんとあげるよぉ」
そして、ただ見ていただけのサントスも加えて、何気なく乾杯する。
「ポカポカと温かくなって美味しいのです」
「これが魔雉の味なんですね」
「お酒をアク取りの時から入れてたから、臭みも上手く取れたようだねぇ」
「サッパリとした塩味で美味ですね。あとお肉も柔らかいです」
各々が、作ったスープを味わい、堪能する。
だが、やはり初めて作った物なだけに、問題点も浮かび上がった。
「あのあの、お肉は、ちょっと硬くないですか?」
「う~ん、ダーハちゃんの肉は、少し火が通り過ぎて硬くなっているのかもだねぇ」
「そうですね。少し硬くなっている物もあるので、火を通しすぎない方が良いですね」
「じゃあ、先に食べていしまいます。あと、おかわり」
「サンちゃん……試しに火通しを見る為に少しは出すけど、明日みんなで食べようね?」
「分かりました。じゃあ、ソレで」
ハルナは、下手に肉を追加すればサントスが全部食べかねない、と思って釘をさす。
また、何も出さないとゴネそうなので、試食を兼ねて少しだけ提供した。
こうして、一汗かきながら魔雉肉の特徴を確認していった試食会。
途中から醤油や味噌で味にも変化を加えていき、なかなか面白い会となっていった。




