170.依頼の報酬
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樹鼬猫と大月白鳥の襲撃を受けて消耗したルネ達は、早々に馬車で場所を移動した。
なぜなら、戦闘となった池泉は、大月白鳥が訪れる飛来地。
その為、再び不得手とする魔鳥との戦闘を避け、安全の確保を図ったのである。
「では、今日は、ここで夜営をするとしましょう」
サントスは、街道と樹林から程よく距離が取れた木陰に馬車を寄せて止める。
比較的に周囲の見通しが良く、街道の行き来の様子が覗える場所。
樹林からの魔物、街道からの不審者。
この選定は、その両方への警戒が出来る距離を保ってのものだった。
「そうだねぇ。ダーハちゃん、いつものようにカマドを作ってくれる?」
「はいなのです」
「えっ? 街に戻るんじゃないんですか?」
「そう言えば、いつの間にか国境の街でも製錬都市でもない道に入っていましたよね?」
ルネが、聞いてない、とハルナ達に聞き直す。
するとディゼも、いままで不思議に思っていた、と訊ねた。
だが、それ以外の者は、さも予定通り、と言った感じで夜営の準備に入る。
サントスは、馬を木につないで休ませ、ダーハは、砂塵操作でカマドを作る。
そして、ハルナは流水で大量の水を出すと、夕食の準備を始めていた。
「ルネは、マジックバックがあるから、夜営でも持ち物の不便は無いないだろ?」
「それはそうですが、コウヤさんも、なんで平然と焚き火を起こしているんですか?」
ルネは、コウヤが率先して焚き火を起こして、この流れに乗っている事を疑問視する。
受けていた魔雉の狩猟依頼は、すでに終わっていた。
あとは、国境の街に戻って、冒険者ギルドで狩猟品を収めれば済むはずだった。
それが、どう言う訳か、馬車は来た道とは別の道を進み、魔物の襲撃を受けた。
ルネは、最初に雷鳴の収穫との合同依頼の事も聞かされていなかった。
ゆえに、再び事後承諾で振り回されている事が分かり、疑心暗鬼となる。
「ああ、すまないが、もう国境の街へは戻らない」
「えっ? コウヤさん、何を言っているんですか?」
国境の街には、まだハツカさんが残っている。
加えて、受けた依頼の狩猟品を冒険者ギルドに、まだ納品していない。
ルネ達が受けた狩猟依頼──
それは、特定の地域の魔雉の間引きであると同時に、魔雉肉の納品依頼だった。
その為、依頼を受けた冒険者ギルドへの納品でしか、依頼の達成は認められない。
これが討伐依頼なら、どこの冒険者ギルドへ報告しても依頼の達成は認められた。
ルネは、以前にコウヤから、ずっと討伐依頼を専門に受けていた事を思い出す。
そしてコウヤが、こう言ったケースの狩猟依頼が、今回初めてだった事に思い至った。
この少々紛らわしい形態の狩猟依頼。
その依頼表の達成条件を、コウヤが勘違いしているのではないか、とルネは考えた。
「コウヤさん、狩猟依頼には納品依頼の条件も含まれるものがあって、その場合……」
「あ、ルネちゃん、それなら大丈夫だよぉ」
だが、ルネがコウヤの思い違いを教えようとした時、ハルナに言葉を遮られた。
「ちょっと、ハルナさん! いまはコウヤさんに大事な話をしている所なんです」
「あっ、ごめんねぇ。でも、それに関してはルネちゃんの方が勘違いしているんだよぉ」
「えっ?」
ルネは、真剣な話をしていた所で、横槍を入れられ、少々不機嫌になる。
その様子を見たハルナは、苦笑いを浮かべてルネに謝った。
そして、申し訳なさそうに、今朝見せられた依頼表を渡して見せて来た。
ルネは、依頼表を受け取ると、何か見落としでもあったか、と内容を見直す。
すると、その依頼表には、今朝の段階では無かった信じられないものがあった。
「えっ? なんで魔雉の狩猟依頼の達成を認めるギルドの印が押されているんですか!」
そこには、すでに魔雉肉の納品が完了した事を証明するギルドの印が押されていた。
「まーくんとボクの腕輪は『共有の腕輪』って言って収納空間が繋がっているんだよぉ」
ハルナが、困惑するルネに、依頼表のタネ明かしをした。
「ええと、収納空間って事は、マジックバックみたいなものなんですか?」
「そう。マジックバックほど入らないけど、お互いに物の出し入れが出来るんだよぉ」
つまり、この狩猟依頼の達成が認められた依頼表のカラクリとは、こうなる。
①、ハルナが、狩猟した魔雉を共有の腕輪に収納する。
②、国境の街にいるマサトが、共有の腕輪で魔雉を受け取る。
③、冒険者ギルドに魔雉を納品して、狩猟依頼を完了させる。
④、共有の腕輪に収められていた依頼表が、現在ルネの手に渡っている。
「渡せる量に制限はあるだろうが、商人が知ったら金に糸目をつけない代物だな」
「コウヤさんは、この事を知っていたんですか?」
「ああ、教えられていた。だから、追っ手の目を反らすのに使わせてもらった」
「追っ手? どう言う事です?」
ルネは、コウヤの不穏な言葉に息を飲む。
この数日、コウヤとハツカの様子が、おかしい事には気づいていた。
しかし、その内容については、ルネは何も教えられていない。
ルネは、二人が何を隠していたのか、と、その説明を静かに待った。
「あっ、すみません。自分のせいで……お嬢様から逃れる為に協力してもらいました」
「えっ?」
しかし、ルネに謝罪して来たのはサントスだった。
雷鳴の収穫が国境の街を訪れた理由。
それは、ポッチャリお嬢様に居場所が知れて指名依頼で呼び出されたからだった。
そして、その元凶となったのが、お嬢様が武術祭に訪れる際の道中での出来事。
そこでサントスは、お嬢様が患っていた病を治す手助けをした。
その時の対応で、お嬢様はサントスの事を気に入る。
しかし、当のサントスには、お嬢様に仕える気など全く無かった。
他にも、いろいろな事情があり、お嬢様の下から距離を取っていた雷鳴の収穫。
しかし、サントスが製錬都市の冒険者ギルドで昇格試験を受けていた事で事態は動く。
そこから、お嬢様の下にサントスの所在情報が流れてしまった。
あとは雷鳴の収穫が、人狼種との遭遇経験があった事。
国境の街で、人狼種の関与が疑われる事件が発生していた事。
これらの条件によって、お嬢様に多少強引でもサントスを招集する口実が生まれた。
対してサントスは、件の事件を口実に解決までの間、接触を避けていたのだが……
「これ以上、断るのが難しかったので、街から離れる為の協力をしてもらいました」
つまりは、共同依頼を受けている現在の状態とは、街からの脱出の為の隠れ蓑。
この状態であるなら、一度街から出ても、再び街に戻って来るように見える。
事実、街にはパーティリーダーのマサトが残っている。
加えて、共同依頼を受けている片割れのパーティであるハツカも街に残っていた。
普通であるならば、パーティを分断してサントスを逃走させるとは想像もできない。
しかし、それくらいやらなければ、サントスが、お嬢様から逃れる手段は無かった。
なぜなら、お嬢様陣営は、冒険者ギルドを通じてサントスの動向を把握している。
冒険者ギルドが、冒険者の情報を第三者に売る。
そのような事が横行している事実が垣間見えた以上、これすらも一時しのぎ程度。
相手が、王国の王女様とは言え、こうなると冒険者ギルドの事は信用出来ない。
だが、この事実に行き着いたからこそ、その情報伝達を逆手に取る事は出来る。
お嬢様陣営が、現在の状況を把握していないなら、言う事は無い。
また冒険者ギルドで、依頼状況を把握をされても、街から離れているとは思われない。
この状況を作り出して、お嬢様陣営の監視下からサントスを引き離す事。
これがルネサンズが雷鳴の収穫へ支払う、シロウの捜査協力に対する真の報酬だった。




