表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/285

166.記録に残らぬ戦果

大月白鳥(キュグトス)に水を操る能力が無いにしろ、他に何かあるんじゃないか?」

「そんな事を言われても、おかしなものは無いです」


 コウヤの問いに、サントスは『観察』で視た大月白鳥(キュグトス)の特徴を上げる。


 ①、特殊な技能は特に無いが、魔鳥としては比較的に力が強い。

 ②、耐性は二つ。水属性耐性と非火属性耐性──つまり、水に強く、炎が弱点となる。


「まぁ、美しい羽根は、高級な装飾品として重宝されるので、炎で攻撃する者は稀です」

「それは……まぁ、見ていれば、なんとなく分かりますね」

「ルネ、いまは、そんな感想は、どうでも良い。サントス、他には何かないのか?」


 サントスは、そんな大月白鳥(キュグトス)の狩猟品としての価値も添えて説明をする。

 しかし、襲撃で命のやり取りをしている場面では、そんな事に構っている余裕はない。

 コウヤは、この状態から脱する為の情報を求めた。


「変わり種として『オイリー』と言うのが視えます。これは……ああ、脂性(あぶらしょう)の事ですか」

脂性(あぶらしょう)? (あぶら)ぎった感じの肌って事か?」

「コウヤくん、その表現はちょっと……正しくは、皮脂(ひし)の分泌が過剰な肌って事だねぇ」

「とにかく他に目ぼしいものは見当たりません。おかしな所など、どこにもありません」


 サントスは『観察』の結果から、コウヤ達に、そう断言した。


「「……」」


 サントスの言葉から、これ以上の推測材料が消え、場に沈黙が落ちる。


「「それだろ!」だよぉ!」

「えっ? 何がです?」


 サントスは、なぜツッコミを入れられたのかが分からず、樹鼬猫(セルヴァフォッサ)の抑えに専念する。


『優雅に泳ぐ白鳥も水面下では激しく足を動かしている』


 あまりにも有名な漫画の作中で、登場人物によって語られた事から広がった一説。

 (まこと)しやかに語られた一説は、単純明解であるがゆえに、信じる者が後を絶たない。

 しかし、それは原作者の創作による、とんでも理論。

 実際には白鳥は、それほど激しく足を動かしている訳ではない。


 白鳥が水面に浮かぶ原理は、水鳥達が持つ油脂(ゆしせん)腺から分泌される油脂(ゆし)による作用。

 分泌された油を羽繕いで羽に塗る事で、水鳥達は撥水(はっすい)作用を得て浮力を得ている。


「つまり、大月白鳥(キュグトス)は、水を操っていたんじゃなく、(はじ)いていた、って事なんだよぉ」

「それが『油性体(オイリー)』で、全身が撥水(はっすい)状態、って事か?」

「白鳥を含む水鳥の油脂線(ゆしせん)は、お尻だから、そこを、なんとか出来れば……」

「どちらにせよ、その『油性体(オイリー)』が、ここまで厄介な特性だとは思わなかったな」


 大月白鳥(キュグトス)が陽光に照らされ、美しく輝いて見えたのも、その効果の一端だった。

 コウヤは、あの『油性体(オイリー)』が、弱点に火属性を持つ由縁なのだろうと理解する。

 だが同時に、この池泉(ちせん)での戦闘では、それが単純に弱点になり得ない事も理解した。


 ツガイの大月白鳥(キュグトス)は、常にどちらかが池泉(ちせん)上空で旋回している。

 それは(すなわ)ち、仲間のいずれかが、炎に巻き込まれた際の火消し役。


 その対象がツガイの大月白鳥(キュグトス)であった場合、軽傷であったなら自ら水中にダイブする。

 大火に包まれるような事があれば、火消し役が水に飛び込み、水柱の落水で消火する。

 これが、大月白鳥(キュグトス)の炎に対する対策のようであった。


 対して、ハルナの水に対しては、自ら体当たりを敢行する事で対応していた。

 それは『油性体(オイリー)』と言う、自らの身体の特性を利用した、水の発散。

 大月白鳥(キュグトス)の魔力が通う油性体(オイりー)は、ハルナの魔力が通う水球を容易に拡散させる。

 それは、水属性の魔法を主軸とするハルナにとって、天敵と言える魔鳥であった。


 大月白鳥(キュグトス)は、コウヤ達への攻撃を樹鼬猫(セルヴァフォッサ)に任せ、後方支援(バックアップ)に徹する。

 対して、こちらは前衛のサントスが、樹鼬猫(セルヴァフォッサ)の鼻先に槍先を突き付けて牽制する。

 前衛は前衛。後衛は後衛で戦闘を受け持つ。


 ハルナは流水(ストリーム)、コウヤは炎弾(ファイア)を主軸に大月白鳥(キュグトス)を狙う。

 一つ一つは効果が薄くとも、数の優位を考慮に入れて魔法を放つ。


 しかし、飛翔する大月白鳥(キュグトス)への命中は、元々難易度が高い。

 加えて、ハルナの流水(ストリーム)は、命中しても無効化される。

 その事を理解する大月白鳥(キュグトス)は、炎の回避を徹底して、やりたい放題に飛翔した。

 コウヤの事を、注視しながら樹鼬猫(セルヴァフォッサ)と連携して前衛を襲う。


 やむなくハルナは、氷弾(ブリザード)石弾(ストーン)へと、その攻撃手段を変える。

 しかし、元々ハルナの魔法の命中精度は高くない。

 それをハルナは、得意とする水属性魔法の大規模行使(おおざっぱさ)(おぎな)っていた魔術師だった。

 それが、不得意な魔法を使っていては威力も(ともな)わず、大月白鳥(キュグトス)への牽制にもならない。

 

「はわわわわっ!」


 ゆえに、連携が連携として機能せず、生まれたスキを突かれる。

 軽量な子狐のダーハが、大月白鳥(キュグトス)の爪で捉えられ、水辺へと()(さら)われた。

 まんまと浅瀬へとダーハを拉致して落とした大月白鳥(キュグトス)は、上空へと舞い上がる。

 入れ替わりに上空からツガイの片割れがダーハを捉え、急下降攻撃を敢行する。

 水浸しとなったダーハに、一息つかせる間も与えない急降下攻撃が降り掛かる。

 予想以上の力を持つ大月白鳥(キュグトス)の容赦のない抑え込み。

 成す(すべ)も無く水中に押え込まれたダーハは、逃げ場のない水底で身動きを封じられた。

 水底で、必死に手足を動かして(あらが)うダーハ。

 だが、その身が置かれている場所も大月白鳥(キュグトス)の力も、あまりにも理不尽な暴力。

 水辺に陣取った大月白鳥(キュグトス)とは、かくも恐ろしい攻撃力を持つ魔鳥であった。


「ダーハちゃん!」


 ルネが、大月白鳥(キュグトス)の恐るべき奇襲力で抑え込まれたダーハに、慌てて救助に入る。

 しかし、ルネが大月白鳥(キュグトス)の下へと駆け寄ろうにも、浅瀬が移動を阻害していた。

 時間が掛け過ぎれば、ダーハが溺れてしまう。


 ルネは、マジックバックから手当たり次第に物を取り出して、スリングで狙い撃つ。

 一つ一つは他愛もない物だが、それで大月白鳥(キュグトス)の気を()ぎに掛かる。

 その内の一つが、大月白鳥(キュグトス)に当たり、中身を拡散した。

 それは、調味料が入った瓶だった。

 小瓶が破裂し、中身がバラ()かれた事で驚いた大月白鳥(キュグトス)が、その場から飛び立った。

 水面から()った大月白鳥(キュグトス)の後、ダーハが()き込みながら起き上がった。

 その姿を見たルネは、濡れたローブで鈍る脚を全力で働かせて駆け寄る。

 そして、スリングで大月白鳥(キュグトス)を牽制して、再接近を阻んだ。


「ダーハちゃん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫なのです」

「ひとまず、このポーションを飲んで回復してください」

「えっ? でも、これくらいなら大丈夫なのです」

「ポーションなら私が作れますから、気にしないでください」

「あ、ありがとなのです」


 かろうじて窮地を脱したダーハだったが、その顔には恐怖が色濃く浮かぶ。

 それを感じ取ったルネは、ダーハに声を掛け、ポーションを飲ませる。

 ダーハはポーションを断ったが、ルネは、その言葉を制して飲むように言い聞かせた。


 ルネが惜しげもなくポーションを飲ませたは、まさに一息つかせて、落ち着かせる為。

 物を飲む、と言う行為は、それだけで気持ちを一度、切り替える切っ掛けになる。

 また、視覚的な外傷を癒やす事は、同時に精神的に負った負荷を取り除く効果も生む。

 ゆえにルネは、ダーハが負った心身へのダメージを読み取り、その回復(ケア)を優先した。


 大月白鳥(キュグトス)の強襲により、水中に引き込まれたダーハ。

 その時、ダーハが負った負荷は、間違いなく精神(こころ)に刻まれるだけの恐怖(ダメージ)

 それは、戦闘中(いま)はまだ、ダーハが自覚していない精神的外傷(トラウマ)要因。

 しかし、このような精神的な負荷は、あとになって増幅され、精神(こころ)(むしば)む。


 ゆえにルネは、目に見える外傷を癒す事で、精神的外傷(トラウマ)となり得る要因を取り除いた。

 大月白鳥(キュグトス)に襲われた事実は消せないが、そのあと無事で済んだ、と言う記憶を残す。

 いや、上書きする事で、ルネはダーハの精神(こころ)を守ったのであった。


「とにかく水から上がるのです。ルネさんは、わたしのあとに付いて来てなのです」

「そうですね」


 気力と体力、そして冷静さを取り戻し、薙刀を構え、今度はルネを守るダーハ。

 気丈に振る舞い、一生懸命に先導して浅瀬からの脱出を試みる。

 その顔には、先程までの大月白鳥(キュグトス)から受けた恐怖(ダメージ)の色は無かった。

 それは、ルネだから出来た、記録に残る事の無い成果だった。


 浅瀬からの脱出を(はか)り、ディゼ達との合流を目指すダーハ。

 その小さな後ろ姿を見てルネは、以前から感じていた自身の無力さを再び感じる。

 目の前の小さな子に守られている状況が、(ぬぐ)いきれない劣等感を(つの)らせる。

 ただ、いまは、そのような雑念に気を取られている場合ではない。


 池泉(ちせん)の上空を旋回する大月白鳥(キュグトス)は、ルネ達を視界に捉えたままでいる。

 自分が得意とする水辺で獲物を逃す気が無い事は明白。

 ルネは、自身の葛藤を胸の奥に抑え込み、目の前の状況に向き合う。

 自分が出来る事は、誰かが傷ついた際、可能な限り、その回復と支援をする事。

 そしてルネは、何があってもダーハを守ろう、と心に決め、その身を案じた。


 そんな想いをルネが(いだ)いていた時、ダーハは心境は、少しズレた方向を向いていた。


 ダーハは、大月白鳥(キュグトス)に、水中に抑え込まれる恐怖を初めて知った。

 それは、他の魔物との戦闘で受ける外傷(ダメージ)とは違った絶望感。

 そして、圧倒的な力の存在と無力感であった。


 大月白鳥(キュグトス)が、いままでにない恐怖をダーハに与えたのは間違いない。


 だた、大月白鳥(キュグトス)がやった事とは、ハルナが平常運転で使っている『溺死(ドラウン)』と同じ。

 その事を理解したダーハは思う。


「(おねえちゃんを怒らせると、大変なのです)」


 と、ある意味ハルナの恐ろしさを身をもって知った、と言う意味合いの方が強かった。

 そして、そのズレた発想が真っ先に出て来る辺り……

 そこには、大月白鳥(キュグトス)への精神的外傷(トラウマ)は全くなかった。

 このダーハのズレた認識も、またルネが勝ち取った成果の一つであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ