165.乱戦
コウヤは、自身を抑え込む樹鼬猫の前肢を掴み抵抗する。
肩に食い込んで来た鋭い爪の痛みを必死に耐え、前肢を振り払おうと抵抗する。
その最中──
コウヤは、樹鼬猫が不安定となる沼地や水辺で、俊敏さを維持出来た理由を知る。
「指の間に、水掻きがあるだと?」
樹鼬猫の指趾には、水場での機動を優位にする水掻きが存在した。
樹鼬猫も大月白鳥と同じく、浅瀬を狩り場の一つとする魔物。
両者は、この共通点の下、旧知の間柄と言える種族だった。
ハルナが大月白鳥に対して推測した黒鳥視。
その黒鳥には、エサ箱のエサをコイに分け与える世話好き、と言う一面がある。
それは、他の種との協調が可能である事の証と言えた。
そして樹鼬猫は、フォッサのキツネザルを好物とする特徴を併せ持ち、人間を襲う。
大月白鳥には、大白鳥の凶暴性と黒鳥の協調性の両面が見られる。
その事から大月白鳥は、両者の特徴を併せ持った魔物──
そう考えたハルナは、大月白鳥と樹鼬猫が共存関係にある可能性を考えた。
大月白鳥の獲物と考えられるのは、水草、昆虫、貝類、蛙類、甲殻類。
ゆえに、馬車で大挙し、住処を荒らす人間種を嫌い排除する。
対して樹鼬猫は、人間を獲物として狩猟する。
人間は、大月白鳥が獲物としない排除対象。
これを樹鼬猫が狩る事に、大月白鳥の方にデメリットは無い。
むしろ、大月白鳥の留守中に池泉を守るパートナーとしては文句のない相手と言えた。
本来、樹鼬猫にとって、猛禽類のような凶暴で大型の魔鳥は天敵となる。
しかし、そのような凶暴性を持つも、大月白鳥には魔物を捕食する食性は無い。
更に大月白鳥は、他の魔物との協調性を持ち合わせていた。
ハルナが察し、危惧した魔物達の共存関係。
それは大月白鳥からの歩み寄りによって現在の関係性が生まれ、保たれたものだった。
コウヤは、覆い被さる樹鼬猫を引き離そうとする。
しかし、魔術師であるコウヤの力では、この状況をどうこう出来るものではなかった。
『ウィンドスラスト』
だがその時、一陣の疾風が駆け、樹鼬猫を襲う。
「コウヤ、大丈夫ですか?」
それは、風に乗ったサントスの刺突攻撃。
側面を突かれた樹鼬猫は、身を捻るも避けきれず貫かれる。
「サントスか、助かった。だが──」
樹鼬猫は自身を貫いたヤリを、その身に宿したまま後退する。
それに伴い武器を奪われ、空手となったサントス。
コウヤは、無防備に樹鼬猫の前に立つ事となったサントスの事を危惧した。
「構いません。ここで仕留めます」
だが、サントスは、その事を全く気にも留めない。
再び手元に出現させた弓銃で、攻撃を換装連射へと移行して樹鼬猫に浴びせていく。
サントスの足元に、次々と撃ち捨てられていく弓銃。
その足元の山が示す矢弾を撃ち込まれた樹鼬猫は、最寄りの樹林へ逃走を謀る。
しかしながら、胴体に刺さったままの槍が樹間に引っ掛かり、身動きを阻害した。
そうして見苦しい醜態を晒した樹鼬猫は、矢弾の集中砲火を受けて絶命した。
「これで、あとは樹鼬猫と大月白鳥が2体ずつです」
樹鼬猫の一体を仕留めたサントスは、武器を新しい槍へと持ち直す。
後方にいた樹鼬猫が消えて、ダーハがディゼの援護に回っていた。
サントスがコウヤの援護に入れたのは、早々に樹鼬猫を撃退したからだと理解する。
これで樹鼬猫は、ディゼが抑えている個体と拘束で捉えている個体。
そして、大月白鳥は、ツガイの二体となる。
『溺死』
その内の一体。拘束で捉えた樹鼬猫に、ハルナが仕掛けていた。
放たれた水球は樹鼬猫の頭部を捉え、地上で水中に引きづり込んで沈める。
一度捉えた獲物を離さないように、水球は樹鼬猫に纏わり付いて、溺死へと誘う。
樹鼬猫は、それを引き剥がそうと、頭部を左右に振り、前肢で掻きむしる。
しかし、悪足掻きも虚しく、その思いは容易には叶わない。
なぜなら溺死は、ハルナの対生物攻撃魔法。
敵の頭部を捉え、撃ち込む事が出来れば、呼吸を封じ、窒息死させる必殺の魔法。
拘束の移動制限との相性が良い、この魔法は、ハルナの切り札の一つであった。
「コォー、コォー」
辺りに再び大月白鳥の鳴き声が響き渡る。
【パシャーンッ!】
そして『溺死』は、大月白鳥の体当たりを受けると、いとも容易く霧散された。
「また、あの鳥さんだよぉ!」
樹鼬猫に掛かっていた拘束も、溺死と共に効果時間が切れる。
そして、これ幸いと、樹鼬猫がハルナから間合いを取った。
「ハルナ、これは、一体、どう言う事ですか?」
「そんなの、ボクの方が知りたいよぉ」
サントスがハルナの前に立ち、樹鼬猫への溺死が破られた事を問う。
しかし、ハルナには、その説明をする事が出来ない。ただ言える事は──
「水牢結界の時もだけど、大月白鳥に干渉されると、ボクの魔法が解除されるんだょ」
そうハルナが訴えるように、流水も溺死も、大月白鳥が干渉するたびに霧散された。
本来なら水場が近くにある場所は、水属性の魔法を得意とするハルナに優位に働く。
しかし、池泉を利用した魔法を行使したとしても、それが大月白鳥に阻害される。
加えて、大月白鳥は池泉の水を利用した炎の消火を実行して見せた。
その事から大月白鳥に、ハルナ同様の水への干渉能力がある事が見えた。
だが──
「そんな訳はありません。大月白鳥に、そのような能力はありません」
その見解をサントスが否定した。
「ええっ? サンちゃんの『観察』で読み取れて無いの?」
「おい、サントスの『観察』って、本当に当てになるのか?」
コウヤは、ハルナとサントスの会話を聞いて、率直な疑問を問い掛けた。
ハルナが言うように、大月白鳥は、池泉の水を操って炎弾を打ち消している。
しかし、サントスの『観察』の結果では、大月白鳥に水を操る能力は無い、と言う。
対して、サントスは『観察』の結果で、シロウの事を『人間』だと明言していた。
シロウの事を、人狼種だと見抜けなかった事には説明が付く。
それは、黒爪狼とは、シロウの固有能力によって変身した姿だった、と言う事。
つまり、あくまで能力による変身である為、シロウ自身が『人間』なのは間違いない。
しかしサントスの『観察』の結果は、コウヤ達が目の当たりにした現象をも否定した。
現象の結果と『観察』の結果の食い違い。
そうなると先の前例から『観察』の結果が、読解ミスされている可能性が懸念された。




