表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/285

016.朝食の準備

 少し肌寒くもある早朝。

 思いのほか早く目が覚めたシロウは、宿舎の入り口へと向かって歩いていた。


 それは教会の中を、ちょっと見物しに行こうかな、と思いついての行動。

 到着してすぐに宿舎を使わせてもらったのだが、まだ教会の中は見ていなかった。

 だから、朝食が取れる飲食店が開くまでの時間つぶしのつもりで出歩く。


 シロウ達と教会の関係者達とは、居住空間が分けられている。

 それは互いの生活習慣の違いから起きるトラブルを避ける為の配慮であった。


 教会の関係者達が寝静まった頃に、冒険者達が酒を飲んで大声で戻って来た場合。

 冒険者達が寝ている頃に、教会の関係者達が活動を始めて生活音を響かせた場合。


 どちらも起こり得る問題であり、これらが続くと両者の関係が悪化する。


 基本的に教会が冒険者を護衛依頼で雇う場合、既知(きち)の者に依頼をしていた。

 しかし、だからと言って、職種が違えば生活リズムも違う。

 どちらかが一方的に他者を従わせようとした場合、必ず軋轢(あつれき)を生み出す。

 特に共同生活の場において睡眠の妨害行為は、思いのほか敵愾心(てきがいしん)(あお)る行為となる。


 それは冒険者なんて言う束縛(そくばく)を嫌う者達であれば、なおさら顕著(けんちょ)に現れる。

 だからこそ教会は、尊重と言う名の隔壁(かくへき)で両者を住み分けていた。


 そのような思わくによって隔てられている宿舎の先に、シロウは少し足を運んでいた。

 教会の裏庭に出たシロウは、そこでは温かな空気に触れる。

 それは、清涼感のある空気の中に流れている湯の気。

 引き寄せられた視線の先には、朝食の準備をしているルネの姿があった。


 そこは教会の裏庭に設置されている簡素な野外の炊事場。

 シロウ達のように護衛依頼を受けた者が、自由に使う事が認められている施設。

 同時に、教会が定期的に行っている炊き出しをする際の調理場兼会場でもあった。


「シロさん、おはようございます」


 ルネは様子を見ていた料理のフタを閉じて、ナベを火から降ろして声を掛けて来た。

 そこで作られていたのは野菜のスープ。


「ルネ、おはよう、朝食を作ってくれたのか?」


「はい、昨晩はハツカさんも満足に食事が取れなかったようでしたから」


「シロさん、ハツカさんは朝が弱いようなので先に食べますか?」


 そう言うとルネは、横に置いていたフライパンへと手を伸ばした。

 どうやらパンケーキを焼こうとしいるらしい。

 野菜のスープにしろパンケーキにしろ、狩猟都市の教会でも定番だった物だ。

 昨夜の夕食の事を思い出すと、食べ慣れた物とは普通にありがたかったりする。


「いや、ハツカが起きて来てからで構わないんだけど……その大量の卵は何?」


 シロウは、ルネの横にあるバスケットの中の大量の卵の存在感に圧倒される。


「教会に届けられたココリコの卵です。お(すそ)分けにと分けてもらいました」


「いや、だけど、こんなにたくさんもらって良いのか?」


「それがどうも、この辺りの人はココリコの卵を食べ飽きているようで……」


「ああ、教会の者が食べ物を粗末に扱う訳にはいかないから、食べてくれって事か」


 だからと言って、この量の消費は、さすがに無茶ぶりだ。

 しかもココリコの卵は、シロウが知っているニワトリの卵よりも大きい。

 食いごたえがあるからこそ、人々に飽きが来ているのだろう。


「まぁ、それなら卵を贅沢に使って『卵焼き』にでもしてしまえば良いか」


「卵焼きですか? それってスクランブルエッグと違うのですか?」


「卵焼きって言うのは、卵を巻いて焼いていく料理の事だよ」


 シロウが卵焼きについて説明すると、ルネは不可解な表情を見せた。

 どうやら上手く想像が出来ていないらしい。


「シロさん、もしかして私の事をバカにしていますか? 卵をどうやって巻くんです?」


 ルネは、本気でバカにされたと思ったようだ。

 そこでシロウは、思い返して気づいた。

 この世界に来てから見た卵料理は、大雑把に分けて三種類しかなかったと。


 それは目玉焼き、ゆで卵、スクランブルエッグ。

 溶き卵が入ったスープも見たが、あれらはスープと言う分類で良いだろう。

 不文律としてあるのは、必ず火が通された料理であり、生卵を食べる習慣は無い。

 と同時に、卵料理で卵焼きのような整形をする調理も見なかった。


「じゃあ、ハツカにも意見を聞きたいから起して来てくれよ」


「はい、じゃあ、ハツカさんを起しに行って来ますね」


 こうしてルネがハツカを起して来るまでの間、シロウは大量の卵を割る作業に入った。

 大き目の容器に卵を入れ終わると軽く溶いて、砂糖と塩を加えていく。


 基本は、こんな感じだったよな、と思いながら、シロウはフライパンを火に掛ける。

 フライパンに油を敷いて、卵液を少しずつ流し込んで、薄い膜状に焼いていく。

 表面が半熟状態にまで焼けて来たら、奥から手前に向けて返す。

 全てを返し終えたら、卵焼きを奥の方へと移動させて、フライパンに再び油を敷く。

 そして卵液を流し入れて、卵焼きの手前側を少し浮かせて底部にも流し入れた。


 以降、卵焼きを半熟で巻いて余熱で固まらせながら、焼いては油を敷く、を繰り返す。

 そうして黙々と卵焼きを大きく育てていった。


 シロウは出来上がった卵焼きの両端を切り揃えて形を整えると、端切れで味見をする。

 目分量で作った割には、ほんのりとした甘味のある良い出来となっていた。

 卵焼きを皿の上に移すと、上からナベのフタで軽く押さえて整形をして格好をつける。


「シロウ、食べ物で遊ぶのは良くないと思います」


 そんな所でこだわりを見せていたら、起きて来たハツカにツッコミを入れられた。


「シロさん、これがそうなんですか! こんなに大きな物になるんですね。スゴイです」


「う、うん、結構な量の卵を使っているからな。いま切り分けるよ」


 シロウはルネの純粋な感動の表情に、こんな物で喜ばれるのか、と思う。

 そして年輪のような切り口と、一口食べた時に訪れる甘味がルネの心を捉えた。

 ルネは甘い卵に感動してシロウに訴え掛ける。


「シロさん、卵が甘いです!」


「うん、砂糖を使ったからな、気に入らなかったのなら次からは塩味にする」


「いいえ、これはこのままが良いと思います!」


「でも、塩味の物もシンプルで美味いから、半々で作ろうな?」


「はい、分かりました」


 ルネは甘い卵焼きを気に入ったようで、ちょっと興奮気味だった。

 なんとかルネをなだめて、放置気味になっていたハツカに視線を移す。

 するとシロウの卵焼きに対抗しようと思ったのか、卵液に何かを加えようとしていた。

 早期発見したシロウは、慌てて阻止に入る。


「ハツカはルネに作り方を教えてやってくれるか? 俺は裏方で卵液を用意するからさ」


 その上で好みの味付けがしたければ、出来上がった物で調整してくれ、と頼み込む。

 シロウは、昨晩ハツカが破壊した料理を思い出して、それはもう必死に説得した。


「分かりました、私がシロウに劣らない事を見せましょう」


 シロウは、なぜハツカが、こんなに対抗意識を向けて来るのかが分からない。

 ひとまず、予測出来た食事被害を防げた事に一安心して卵液の量産に入る。

 ちなみに出来上がった卵焼きは、教会に再度、お裾分け(消費分担)する予定だ。

 ここの教会にも孤児院がある。

 だからシロウは、最初は子供が喜びそうな甘味のある卵焼きを焼いてみたのだった。

 しかし、やはりシンプルに塩が効いている物も捨てがたかった。

 シロウは二種類の卵液の作成に取り掛かり、ルネ達には先に塩味用の卵液を渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ