015.護衛終了
──国境の街──
ラッセの商隊が、防壁の門を通過して街中に到着したのは、陽が落ちる寸前の時刻。
無事と言って良いのか微妙な旅程となったが、護衛団の仕事が一つの区切となる。
ラッセとリカルドは握手を交わし、ファロスも街への到着を喜び両者に挨拶を交わす。
シロウから見れば微妙に映るこの護衛結果も、この世界では成功の部類に入るようだ。
商人のラッセから見れば、自身と配下の身が守られている。
ヤガランテの襲撃で失った物の大半は食料。
魔物が欲しがる食料程度の損失なら安い物だ、とラッセは考える。
魔物は、貴金属も香辛料も欲しがらない。それで命も買えるのなら悪くはない、と。
魔物の襲撃に会ったならば馬車が失われるのは仕方がない事だ。
だから、その損失は最初からリスクとして許容していた。
むしろ、あれ程の魔物から逃れて運んで来た荷となれば、十分な宣伝効果が付く。
武勇伝の一つとして、取り引き先との会話の切っ掛けになるとさえ考えていた。
商魂たくましいラッセは、諸々の損得勘定を吟味した上で、かなりご機嫌だった。
対して今回、護衛団長を務めたリカルドの内心は、穏やかではなかった。
先にシロウ達が感じていた、魔物に見逃してもらった、と言う思いが募っていたのだ。
優秀な護衛であったリカルドからすれば、魔物に屈した形になったのが不本意だった。
彼ら護衛団には、あの場を切り抜けられると言う自負があり、実力もあった。
手下の数を減らし、迎撃態勢が取れる場所まで誘導してから反攻に出る計画だった。
しかし、ヤガランテは追撃を切り上げた。
それはリカルドが、ヤガランテとの駆け引きで敗北した事を意味した。
リカルドは周囲の者達に、最善の一手だったと賞賛されるたびに心が荒れる。
あのネコ畜生の手に翻弄された、と。
他者から見ればラッセが苦渋に耐え、リカルドが賞賛を浴びているように見える。
しかしその両者の内面は、全く逆の想いで満ちていた。
そしてその想いの機微を察したファロスだけが、人間観察を満喫していた。
「ははは、お待たせしました、それでは教会に向かうとしましょうか」
ラッセ達への挨拶を済ませたファロスに案内されて教会へと向かう。
途中で冒険者ギルドへの道を教えられながら歩き、程なくして辿り着く。
そこは狩猟都市の教会よりも一回り大きな敷地を有する建物。
ファロスに紹介されて会った神父様に挨拶をすると、宿舎へと案内された。
滞在中に使用を許可された宿舎の部屋は、縦長の個室が三部屋。
室内には、机とイス、ベッドとクローゼットが一つずつ備えてある。
簡素で手狭な造りの部屋だったが、大部屋暮らしのルネは大喜びであった。
荷物が置けて、寝に帰って来るだけだと考えれば、十分なのでシロウも文句はない。
ただ最初に思ったのは、学生寮か囚人部屋? と言う感想だった。
部屋での荷降ろしを済ませ、しばらく時間を空けてから遅目の夕食を取りに出かける。
少し時間を取ったのは、女性陣が旅の埃を落としたいと希望して来たから。
とは言え、教会に風呂がある訳ではないの。
出来る事と言えば、自室で簡単に身体を濡れたタオルで清拭する程度のもの。
それでも十分に満足した二人が、まだ少し濡れた髪のまま出かける事となった。
武術祭の開催までに、まだ間があったが、街中の雰囲気は、その色へと変化していた。
催し物の開催日時や場所を示す表示や、盛り上げる為の置物が所々に見受けられる。
シロウ達は、まず冒険者ギルドに赴き、護衛依頼の達成報告を済ませた。
その際にルネ達が受付嬢から、いくつかの飲食店を教えてもらい、そこへと足を運ぶ。
店の中に入ると、今まで入った飲食店と客層が違う事に気づく。
ギルドでルネ達が飲食店の事を聞いた時、受付嬢が気を回して教えてくれたようだ。
二人とも冒険者としては華奢で、粗野な者に絡まれるのを危惧してくれたのだろう。
そこはココリコと呼ばれる、この地域に生息する鳥の魔物を使った料理を出す店。
魔物の特徴を聞くと、要するにニワトリの魔物の事なのだと分かった。
料理店の売りは、特産品のココリコの卵と肉、そして豊富なキノコの料理だった。
ただしその肉料理は淡白な味であり、男性客が満足するようなボリュ-ムも無い。
その為、男性客は敬遠し、女性客が入りやすい雰囲気を持つ料理店となっていた。
つまりシロウにとっては、ハッキリ言って居心地が悪い空間である。
シロウは、女性客と優男が幅を利かせる、お上品な雰囲気のせいか、味を感じない。
お子ちゃま舌のシロウには薄味すぎて、まるで病院食のように感じていた。
「塩が足りません」
どうやらハツカもご不満のようで、俺が間違っていた訳ではなかったようだ。
シロウは少しだけ気が楽になる。
「ハツカさん、確かにそう感じますけど……」
ただルネには、最近は全員が濃い味の物が好みになっていると言われた。
それは身体を動かす事が多くなった冒険者になってから顕著だと言う。
原因の一つは、狩猟都市での料理が冒険者が好む濃い味付けだったと言う事。
これは、発刊作用によって消費される塩分を補う為に起こっている必然。
その食文化に慣れてしまったシロウ達は、店の料理に物足りなさを感じていたのだ。
「と言う訳で、塩を足します」
「あっ、ズルイ、なんで自分だけ塩を持ってるんだよ!」
ハツカが宝鎖を使って、どこかから塩のビンを仕入れて来て料理に振った。
射程距離50メートルは伊達じゃなかった。
「マジックハンドのように、便利に使いやがってズルイぞ!」
それは元の世界で、飲食店のテレビを、リモコンアプリで勝手に操作するようなもの。
シロウは、この時ほどハツカの能力を羨ましく感じた事はなかった。
「ちょっとハツカさん、そう言うのは良くないと思います」
ルネは、ちゃんとお店に言ってしましょうよ、と嗜める。
しかし、いつの間にかハツカの前には、醤油やら砂糖やらが増えていた。
どうやら、いまいち味が整わず掻き集めて来たようだ。
そしてハツカは、いろいろと味の調整に、こだわりだした。
その間、ルネは普通に食事を取って、シロウは自分の皿に塩を少々加える。
そして下手な事はしないで、適当な所で切り上げて食事を済ませた。
対してハツカは、どうにも気に入らなかったようで、いつまでも調味料を足していく。
そして調味料のミステリーツアーを経た料理は、最終的に食べ残された。
普段は塩が一番と言っているのに、なぜ今回は、そんなバカな結末になったのだろう。
そう思った時、シロウは一つの結論に辿り着いた。
(そうか、他の調味料との兼ね合い分かっていないんだ)
それは、メシマズさんが思い通りにいかなかった時にやらかす、過剰な足し算の末路。
塩加減が行き過ぎたからと言って、砂糖を入れようとする発想自体が間違いなのだ。
その結果、今後ハツカに味の調整をさせるのだけは危険だ、とハッキリ分かった。




