148.狩猟依頼
幌馬車は、街中を、ゆっくりとした足並みで移動する。
そして馬車は、防壁の門を潜り抜けると、街道を真っ直ぐに進んで行った。
「あのぉ、どこに向かっているんですか?」
「ちょっと魔雉って言うキジの魔鳥を狩りに行くんだよぉ」
ルネは、未だに目的も知らされずに連れ回されている事に不安を募らせて訊ねる。
すると、唐突に食肉用の魔雉の狩猟依頼を受けている事を告げられた。
「えっ? コウヤさん、これは一体、どう言う事ですか?」
「すまないが、前々から『雷鳴の収穫』の依頼を手伝う事になっていた」
コウヤは、言い忘れていた、と悪びれも無く言う。
そして、ルネに、冒険者ギルドで受注して来た依頼表を取り出して見せた。
「い、いつの間に……そんな話は聞いていませんよ?」
「ルネ、タダでシロウの捜索を手伝ってもらうって訳にはいかないだろ?」
「た、確かにそうですが……」
ルネは確かに今朝、冒険者ギルドでコウヤに、知らされていない事柄について訊ねた。
それは、シロウの捜索で、コウヤ達が隠している事についての追及のつもりだった。
だが、コウヤは、そうとは受け取っていなかった。
この話を、人狼種討伐の終息に伴った事後の行動方針として話をする。
この行き違いによりルネは、シロウが見つかっていない現状での受注に憤りを感じる。
しかしながら、直後に、それは自分本位の我儘なのではないか、と考え直す。
少なくとも『雷鳴の収穫』は、今日までシロウの捜索に手を貸してくれていた。
それによって、手掛かりが掴めていないのは、確かに残念な事ではある。
しかし、だからと言って、それで協力の対価を払わない、と言うのも、やはり違う。
コウヤが冒険者ギルドを出る際に、手にしていた依頼表。
人狼種討伐が一区切りついた現在だからこそ、一度清算しておく。
そう考えたからこそ、コウヤは、この機会で『雷鳴の収穫』との合流を図る。
つまり前々から、こう言う算段だったのだろう、とルネは思い至った。
これは、ルネにとって完全なる不意打ちであった。
しかしながら、これによって一度、自分で考えさせられ、答えにまで導かれる。
その結果、出された答えとは、結局は自分で導いた考えに他ならない。
そうなるとルネの意識は、自ずと真摯に、この狩猟依頼へと向き合う事が出来ていた。
「それで、その狩猟依頼の対象が魔雉なんですか?」
「そうだよぉ。なんでも食用の鳥肉を多目に確保したいらしいんだよぉ」
「この辺りの鳥肉と言えば魔鶏なのでは? それに大きな養鶏所がありますよね?」
ルネは、この地域の特産品である魔鶏があるのに、なぜ魔雉なのかと不思議に思う。
「いえ、最近、魔鶏の卵の需要が多くて、絞めるのを控えているらしいです」
「露店でも、養鶏所の拡張の為に繁殖用の魔鶏を確保している、って噂があったのです」
「つまり、魔鶏肉の代用品として魔雉肉の需要が高まっている、と言う事ですね」
「ルネ、それって、おまえ達が売っていた卵焼きの影響じゃないか?」
「ま、まさかぁ……」
ルネの疑問に、ディゼとダーハ、サントスが答え、その原因をコウヤが推測する。
その思いがけない要因を聞かされて、ルネは、なんとはなしに目を反らしてしまった。
話に出た卵焼きとは、武術祭の時に出店で販売した目玉商品。
確かにあの時は、好評を受け、目まぐるしかったし、模倣商品も出回った。
しかしながら、あれは武術祭の好景気による一過性のものだと、ルネは思っていた。
それが、武術祭後にも、このような影響を及ぼしている、と言うのであれば心苦しい。
そんな感情を抱いたルネは、馬車の中で、大人しくなってしまう。
だが、そんなルネの思惑とは違い、実際は国境の街に多大な貢献をしていた。
特産品だった魔鶏の卵の価値を高め、養鶏所の拡張に伴う雇用の拡大。
そう言った視点が伴っていないからこそルネには、この真実が見えていない。
この場に、出店時に一緒だったシロウ達が居たなら、その事が伝えられていただろう。
しかし、ルネにとって不運だったのは、この場に二人が居合わせていなかった事。
その為ルネは、何か悪い事をした気になって、身を縮こまらせて大人しくなる。
そんなルネを尻目に、馬車は、国境の街から製錬都市へと向かう街道を進む。
しばらく街道を行き、次第に見えて来た林地へと逸れ、草地を走る。
この地は、木々が生い茂る林に近く、草の種子や昆虫が豊富な平地。
それは、地上採餌を主とする魔雉や魔鶏が好む立地だった。
キジとニワトリの魔鳥である魔雉と魔鶏。
この両種は、長距離は飛べないが短距離を高速で飛び、地上生活に適した足を持つ。
これらキジ科の魔鳥は、地上生活が主である為、外敵に狙われる事が多い。
その為、他の科に属する魔鳥と比べると多卵であった。
そんな中で、比較的大きな卵を産み、家畜化されたのが魔鶏。
そして『日本の国鳥』であり、日本の古語にある雉子の名を持つのが魔雉であった。
「ケ、ケーン」
馬車をゆっくり進ませていると、オスの魔雉の鳴き声が辺りに響く。
近くの草地に身を潜めているであろう魔雉を探す。
すると間抜けにも、全身を隠しきれず、草むらから尾が飛び出ている箇所があった。
「ターゲット、魔雉、1。撃ちます」
その魔雉は、サントスの弓銃の一撃で、矢魔雉状態にされて身動きを封じられた。
それは、なんとも間抜けな狩猟風景の一コマとなる。
『砂維陣』
トドメとばかりに、砂狐の砂塵魔法が、矢魔雉を圧殺する。
こうして、思いのほかアッサリと、魔雉の一羽目が入手される。
これが、日本の国鳥でありながら、国内で狩猟が認められているキジと言う種。
その選定には、日本の固有種である事や桃太郎などでの馴染み深さが根底にある。
しかしながら、このような扱いを受ける国鳥とは、あらゆる世界で、奇異で珍しい。
「ひとまず食用だから、羽などの素材に気を配らなくても良いんだよな?『火針』」
「まぁ、そうだねぇ『流水』」
そんな扱いを受ける日本の国鳥由来の魔鳥、魔雉。
彼の種は、こうして異世界でも平常運転で、転移者一行に狩られていった。




