146.魔物由来
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この数日で、通いなれた裁縫所。
そこで、先に発注していたルネの新しいローブの受け渡しが行われる。
魔力をふんだんに含み、冒険者用に仕立てられた野絹のローブ。
希少な魔物由来の素材を使用しているだけに、その防御性能は、見た目以上に強固。
そして、その着心地は、素晴らしく滑らかで軽いものに仕上がっていた。
「どこか違和感があれば言ってくれ」
「いいえ、大丈夫です。むしろ、軽すぎて心許無いくらいです」
「それが、野絹の特徴だ。いずれ慣れる」
「でも、これに慣れると、他の物が着れなくなりそうです」
「それは誉め言葉として受け取っておこう」
「はい。親方さん、ありがとうございます」
「ワシも興が乗って、思いのほか早く仕上がったわい」
親方は、自分の仕事が気に入られた事を喜び、良い仕事が出来た、と感謝の念を示す。
「じゃあ、私の役目も、お終いにゃ。ホレ、依頼の達成のサインを寄こすにゃ」
「えっ? あなたの依頼延長は、一週間だったでしょ?」
親方がルネのローブ作成を終えた事で、猫職人が依頼達成のサインを要求する。
しかし、それに職人頭は、異を唱えた。
「私は、親方が野絹のローブ作成に掛かる事で出来た穴埋め要員なのにゃ」
だから猫職人は、それが終わった以上、依頼の達成条件は満たした、と主張する。
「いやいや、確かに親方は、一日早く仕事を終えましたが、せめて今日の分は……」
「だから、それも、もう終わらせたにゃ」
「えっ?」
猫職人は、職人頭の前に、職人一人分に相当する仕立て済みの品を並べて見せる。
「ほう、相変わらず仕事が早いな。ほら、これを持って行け」
「まいどにゃ」
親方は、猫職人の依頼表に完了を認めるサインを記入して渡す。
それを、猫職人は、ありがたく受け取ると、腰に着けたウエストポーチの中に収めた。
「ちょ、ちょっと親方! 何やってるんですか!」
「ケリィ、一体どうしんた?」
「親方が、もう一日掛けて仕事をやってくれれば、こっちは、かなり助かったんですよ」
親方が、職人頭の苦労をよそに、アッサリと猫職人を開放する。
その事で二人が、裁縫所の運営の事で、本気の口論を始めた。
それは、どちらかが悪い、と言ったものではない。
親方は、職人気質な傾向があり、自分の興味と納得のいく仕事を優先する。
対して職人頭は、そんな親方によって起きる納期の停滞と資金繰りに奔走していた。
この両者の間にある相違が、猫職人への評価の相違となって、この口論が起きている。
「んじゃ、子狐。私は、よそに顔を出して来るにゃ、ソイツらの事は任せたにゃ」
「は、はい、なのです」
だが、そんな事など猫職人には関係無い。
猫職人は、終わった仕事の事など気にも留めず、ルネの事を子狐に任せる。
そして、気まぐれな猫職人は、さっさと裁縫所を出て、どこかへと行ってしまった。
「ルネ、おれ達も移動するぞ」
「は、はい」
「それでは、案内するのです」
「ワウ、ワウッ!」
「ああ、頼む」
ルネは、親方に礼を言うと裁縫所を出る。
そして、子狐は、コウヤに促されて歩き始める。
更に、その先には、先導するように小型犬の魔獣が、率先して歩いていた。
そうして、案内されて向かった先は、倉庫街の一画。
大きな厩舎と馬車置き場がある行商人達愛用の宿屋。
その宿屋所有の古い空き倉庫だった。
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子狐と小型犬の魔獣に連れられて来た古い空き倉庫。
その倉庫の中は余計な物が撤去されており、その広さを、より際立たせて実感させる。
そんな中にあって一つだけ、その存在感を主張する物があった。
それは、馬から外された古い幌馬車。
幌馬車は、入り口の左側に置かれており、逆の右側には見張り兼宿直部屋があった。
子狐が、幌馬車に近寄って行くと、それに先んじて小型犬の魔獣が駆けて行く。
そして、幌馬車の近くまで行くと、車輪の影から出て来たヒナ鳥とジャレ合い始めた。
「あっ、ガブリエルにダーハちゃん、おかえり」
少女が、獣の身体、コウモリの翼、サソリの尻尾を持つ小型犬の魔獣の帰りに気づく。
子狐が連れていた小型犬の魔獣とは『チワ・ワンティコア』と命名された新種の魔獣。
少女は、そのチワワの魔獣の姿を見て、子狐の帰りを察して声を掛けた。
「フュ、フュ、フューッ」
そのチワワ獣に駆け寄って行ったのは、少女達の、もう一羽の使い魔。
それは『イミュラン』の名を持つ、ダチョウ似の魔鳥のヒナ鳥。
そのヒナ鳥は、孵化時の刷り込みでチワワ獣の事を親だと思っていた。
ゆえに、その奇異さからヒナ鳥は、猫職人に『アホウドリ』と名付けられる。
ただ、これに対してチワワ獣の方は、実に良くヒナ鳥の面倒を見ていた。
いまも、どこからか探して来たらしいミミズをヒナ鳥に与えて世話をしている。




