145.憂いのルネ
リヨンのチームが人狼種を討伐してから六日が過ぎた。
「いやぁ、人狼化の拡大が防げて良かったヨン」
「あと作成してもらったポーションの報酬も出ています。受付けで受け取って下さい」
「はい、わかりました」
ルネは、リヨンと冒険者ギルドの職員から人狼化の懸念が終息した事を告げられる。
そして、一連の依頼の完了に伴って報酬を受け取るように伝えられていた。
しかしながら、その言葉を聞いてもルネの心は決して晴れない。
なぜなら六日前から、再びシロウの行方が分からなくなったままであった為である。
──六日前──
ハツカは青年と少女の二人組の冒険者に伴われて、見張り部屋に戻って来た。
その時のハツカは、憔悴した様子で、力無く項垂れていた。
少女は、備え付けられていたベッドにハツカを横にさせると、静かに休ませる。
そのハツカは、コウヤを近くに呼ぶと何かを伝えて、青年と少女に視線を向けた。
その時、コウヤにしては珍しく、驚いた表情を見せていた。
しばし思案に思案にふけたコウヤは、ルネに裁縫所の見張りを任せる。
そして、青年と話をしてくる、と言って部屋から退室して行った。
その後、夕刻となり、見張りを交代の者達に引き継ぐと一度宿屋へと戻る。
そして、夕食と情報交換を兼ねて、青年達のパーティ『雷鳴の収穫』と合流する。
そこには、見覚えのある顔があった。
紹介されたメンバーは六人。
リーダーである青年と、一緒にいた少女。
そして、裁縫所と露店で見かけた獣人の猫職人と砂狐。
最後に、『観察』の能力持ちである冒険者の弓銃使いと盾使い。
あと、使い魔だと言う小型犬の魔獣とヒナ鳥も一緒に紹介された。
その際に、コウヤから事情を知らない者達に、この場の意味を説明される。
いや、正しくはルネを納得させる為の、シロウが姿を消した一連の流れの説明だった。
シロウが、見張りをしていた場所から何者かに誘導されて連れ出された事。
それに気づいたハツカが、後を追ったのちに、反撃を受けて逃走した事。
そして、逃げ切れず捕まった所を『助けられ』、そこで青年達と出会った事──
つまり、コウヤはルネに、まるでハツカが青年達に助けられたかのように説明した。
そう、コウヤは意図的に、黒爪狼と転移者に関する情報をルネに伏せた。
それは、ルネを必要以上に不安させる事を避ける為の処置。
そしてサントス達が、コウヤ達とは違いパーティで今回の依頼を受けていなかった為。
この点は、『雷鳴の収穫』が抱えている事情による所が大きかった。
だが、それをポッチャリお嬢様のお気に入りのサントスが交渉する事で回避していた。
つまり、青年達が抱える事情も多分にあって、このような説明となっていた。
ただ、コウヤは、もう一つだけルネに情報を開示する。
それは、青年や少女が、コウヤ達と同郷の者である、と言う点。
この縁とサントスの『観察』があって、人狼種問題がある中で協力関係が成立した。
コウヤは、そう説明をして、雷鳴の収穫と接触した経緯と安全の裏付けを示した。
その結果、翌日にはサントスの『観察』で、裁断職人と縫製職人の潔白が証明される。
以降、コウヤとハツカは、懸念材料が消えた事で、シロウの捜索に時間を割く。
また、そこには、青年と少女も加わる事になった。
その間ルネは、見張り部屋での見張りと冒険者ギルドからの連絡待ちの役割を担う。
だが、冒険者ギルドからの正式な『鑑定』の能力持ちの派遣には、四日を要した。
ルネ達の下に鑑定能力者の派遣が遅れたのは、他で人狼化した者が発見された為。
ゆえに、冒険者ギルドは、その周囲の人物調査を優先した派遣をしていした。
──そして現在──
全ての対象者の調査と人狼種の討伐が完了したのが、昨晩の事。
ルネは、前日まで支援として参加していたポーション作りからも解放されている。
ただ、この支援ポーションの作成依頼は、ルネにとっては幸運であった。
ルネ達にとっては、目下の見張り対象は、サントスによって潔白が証明されていた。
しかしながら、その結果を、こちら側から報告する訳にはいかなかった。
それは、その報告をすると、コウヤ達が他の持ち場に回される可能性があった為。
そうなると、シロウの捜索の為に動いているコウヤ達の時間が奪われてしまう。
だからこそ、ルネは、悶々としながらも、大人しく待つしかなかった。
そんなルネの気を紛らわすのに一役買ったのが、このポーションの作成であった。
ルネは、ポーションを作成しながら、この不毛な見張りの役割を担い、務め果たす。
そこには、ルネが前回、シロウが行方不明になった際の反省があった。
ルネは、あの時の事を思い出し、冷静さを欠いていた、と言う自覚をしていた。
その為、再びシロウが姿を消した事に対するコウヤ達の対応に、口を出す事を控えた。
それはルネが、前回のコウヤの判断が適正だった、と思えたからこその判断。
そして、見張り部屋に戻って来た際のハツカ達の様子が、おかしかった事からの判断。
あの時のコウヤと青年との様子から、口出しが出来ない雰囲気があった。
だからルネは、コウヤの説明に違和感を感じるも、目の前の役割に専念した。
だが、それも、ようやく終わりを迎えた。
ルネは、ギルドの受付譲から報酬を受け取ると、コウヤ達が待つテーブルに戻る。
「コウヤさん、依頼が終了するまで待ちました。そろそろ、ちゃんと教えてください」
そして、いままで抱えていた思いから、改めてコウヤに訊ねた。
「シロさんの……いえ、コウヤさんは、どうするつもりでいるんですか?」
ルネは、シロウが姿を消した翌日以降のコウヤ達の行動を振り返る。
そして、青年達と、何をどうするつもりで動いていたのかを訊ねた。
「そうだな……その話をする前に少し寄る所がある」
「寄る所ですか?」
ルネは、コウヤが、また何か誤魔化そうとしているのか、と訝しむ。
すると、最近一緒に、細々とした作業をする事が多かった子狐が、間に入って来た。
「あのあの、昨日ベスさんが、ルネさんのローブが仕上がってる、って言ってたのです」
「と言う訳で、先に裁縫所に寄って、受け取りに行くぞ」
「あっ、はい。わかりました」
ルネは、予定よりも一日早くなったと言われたローブの引き渡しに、気勢が削がれる。
こうして、カバンに一枚の依頼表を仕舞ったコウヤに促され、冒険者ギルドを出る。
その後ろには、ルネと砂狐。更に、その使い魔である小型犬の魔獣が続いた。




