014.群れの長
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一時、激戦に発展した防衛戦だったが、現在は膠着状態に移行していた。
それは、包囲している群れのボスであるヤガランテが、持久戦を選択した結果。
護衛団は包囲網に穴を空けるべく攻撃を仕掛けていたが、ことごとくやり過ごされる。
ジャガランテ達は戦う気などなく、商隊を包囲網に押し留める事に専念していた。
実際に護衛団が倒せたのは、最初の襲撃時に狩猟集団の規律を破った若い個体達のみ。
ヤガランテの狙いは、このまま夜になってしまう事。
暗視能力がある魔物が優位になる夜間こそ、彼らが待っている真の狩りの時間。
護衛団長のリカルドは、そうなる前に包囲網を崩さなければならなかった。
「シロさん、横転した先頭の馬車を窪地に落とすようです」
ルネが前方から伝達された内容を受け取って、その動向を報告する。
商隊の進路を塞いでいる馬車さえ動かしてしまえば、後続が抜けられる。
その為の作業要員と魔物を追い払う護衛を集っていると伝えて来た。
「まぁ、そこしか馬車が進める方向がないものな」
シロウは、魔物が様子見を決め込んでいる事を良い事に、携帯食料を食べていた。
魔物達は最初の襲撃以降、こちらが攻勢に出なければ襲って来る事はなかった。
そして下手な行動を起せば、その隙を突いて牽引馬が狙われた。
馬が潰されると、いざ逃走のチャンスが訪れても馬車を動かす事が出来なくなる。
だから、協力を求められてはいたが、その隙に馬を潰されるリスクは負えなかった。
シロウ達は、自己防衛が基本の条件で相乗りしている。
ゆえに、この状況下で護衛対象であるファロスから離れる訳にはいかない。
そんな事は護衛団の者なら分かりきっているはずなのに何を言っているんだ、と思う。
しかし、その話しには、まだ続きがあった。
「それと、食料を積んでいる馬車を廃棄するようです」
「そうですか……確か、馬車を牽引していた馬が何頭か潰されていましたね」
「ははは、不足した馬の調整と言った所でしょうか」
「ついでに食い物を置いていって、見逃してもらおうって事じゃないか?」
「ははは、シロウくんは面白い事を言いますね」
「ですが、似たようなものでしょう」
ハツカは、食料を時間稼ぎを兼ねた囮に使うのが、護衛団が意図する所だろうと言う。
シロウは、自分が間食していた事もあって、その案は意外と良いように感じた。
最初に魔物が窪地に落とした馬車は、食料が積み込まれていた物だった。
そこに統制から離れた魔物が群がった事からも、食料目的なのは間違いない。
魔物が商隊に、無為に攻撃を仕掛けて来ないのは、ボスであるヤガランテの意思。
群れへの被害を押さえようとしているのは間違いないだろう。
だからシロウには、バーバリアンシープよりも組みしやすい魔物のように思えていた。
「それで結局、俺達にどうしろって言うんだよ?」
「前方の馬車への移動を指示して来ています。この馬車は後方の護衛団で使うそうです」
「えっ、後ろにあった馬車で食料を積んでいたのってトムヤンクンの馬車だけだろ?」
「食料と言うか、バーバリアンシープが積んであるので、それも廃棄するそうです」
「ああ、なるほど、護衛対象を減らして、前方に人を集めているのか」
それなら先頭で横転している馬車を動かす人員も確保出来るな、と納得した。
シロウ達は自分の荷物を手に取ると、商隊の前方へと移動する。
そして乗客が集まっている馬車まで辿り着くと、シロウは先頭の馬車へと向かった。
先に馬車を起していた者達と合流すると、壊れた馬車を窪地へと落として道を空ける。
その間も魔物達の妨害が入っていた。
ある者は護衛団と交戦し、ある者は転がり落ちた、わずかな食料にかぶりつく。
魔物が人を襲う最大の理由は食料の確保の為である。
それは人を食料にすると言う意味ではなく、自身や群れの食い扶持と安全を守る戦い。
縄張りへ侵入する者を排除するのも、これに起因する。
だからこそ群れのボスには強さが求めらる。
そして統率から反れ、自己の欲に走った者は、護衛団によって淘汰された。
【カン、カン、カン、カン、カァァァーーーーンッ!】
四度目の警鐘が響く。
「よし、行けぇーいっ!」
リカルドが、ヤガランテの統率の綻びの隙を突いて商隊を出す。
と同時に後方では、バーバリアンシープが数体放出された。
順次発進させている馬車の時間差を使った陽動に、数体のジャガランテが反応する。
そのわずかな興味と警戒心の板挟み乗じて、護衛団は更に魔法で車輪を撃ち抜いた。
バランスを失った馬車は窪地へと落下して行く。
そして抱え込んでいたバーバリアンシープを大量に放出した。
ヤガランテ率いる狩猟集団との戦闘も、すでにそれなりの時間が経過していた。
シロウが間食をしていた事からも分かるように、両陣営共に自然と腹も空いてくる。
ここでヤガランテの支配力とシャガランテの空腹の限界点の天秤が傾き、崩れ出す。
大量の獲物の出現に、ジャガランテが目の色を変えて飛びつき、包囲網が崩れた。
先頭の馬車の除去と、その妨害に襲撃して来た魔物との戦闘。
あるシャガランテが、護衛を襲うよりも、こぼれ落ちた食料に飛びついた光景。
リカルドが、目にした光景から発した包囲網から脱出する為の号令。
それは、まさに絶妙なタイミングだった。
商隊の前方に立ちはだかっているジャガランテに、護衛団の炎の魔法が飛ぶ。
それは必倒を目的とした物ではなく、道を空けさせる為の牽制。
積荷の事を考えずに馬車を加速させれば、その突進力は魔物の脅威に成り得る。
魔物に十分な体勢を取らせなければ強引に突破が出来る、と算段を付けての特攻。
その役目を先頭車両は果たし、魔物を飛び退かせてチキンレースを制して駆け抜けた。
後続の馬車は、積み込んだ人数の重量で一拍遅れながらも加速して後を追う。
それを魔物は並走しながら襲撃して来る。
しかしバーバリアンシープに釣られた者がいた為、その数は明らかに減少していた。
シロウ達が乗る馬車にも、襲撃が仕掛けられる。
乗り合われた護衛団が、炎の魔法や矢を放って接近を拒み、必死に追い払う。
しかし、その攻撃は魔物に当たらない。
当たり前だ。
シロウ達が乗り物酔いを起した時とは比べ物にならない程、馬車は揺れている。
魔物に狙いを定めて、攻撃を放つ事など出来ようが無い。
だからこそ護衛団は、魔物の撃退目的の時は、馬車から降りて戦っていた。
完全に逃げに徹した現状での攻撃など、魔物に当たりようが無い。
逃げ切るか、追いつかれて狩猟集団に飲み込まれるか。
現状は、そう言った段階へと移行していた。
【キィィィーーーーーッ!】
その時、甲高い声が響いた。
それはヤガランテが放った咆哮。
響き渡った咆哮が、ジャガランテの追撃の足を止めて引き返させた。
ヤガランテの下に戻ったジャガランテ達が、次第に置き土産の下へと散って行く。
その小さくなっていく光景を、シロウ達は不思議な感覚で見ていた。
「シロさん……本当に見逃してくれましたね」
「最後の方は、群れの統率が、かなり危うい感でしたからね」
「ははは、リカルドさんが上手くやってくれたおかげですね」
「そうだな。そしてヤガランテの方も引き際が絶妙すぎる。もう相手をしたくないな」
「ははは、帰り道で、もう一度会う事が無いよう願いましょう」
「ファロスさん、縁起でも無い事を言わないで下さい」
未だ減速する事なく走り続けている馬車の上で、少しばかり気が緩む。
それは全員の共通であり、それを責める者はいなかった。
ただしこの瞬間も、おこぼれにあやかろうとしていた他の魔物の襲撃は有り得る。
護衛団長のリカルドは、周囲の警戒を徹底させながら、次第に商隊の速度を落とす。
そして通常の運行速度まで落とすと、商隊の主であるラッセに被害状況を報告した。
以降は、幸いにして魔物の襲撃を受ける事はなく順調な旅程を歩む。
道中、対向して向かって来る商隊とすれ違うたびに、リカルドが警告を伝える。
その知らせを聞いた者達は、まずは先遣隊を送り出して様子見をすると言う。
彼らに選べる選択肢は三つであろうか。
一つは、元の道を引き返す。
一つは、ヤガランテが居なくなるのを待つ。
一つは、ヤガランテを討伐する。
狩猟都市と国境の街へと繋がる街道は、この一本のみ。
襲撃を受けた場所は、馬車のすれ違いが出来ない細く伸びた区間。
馬車が通れる迂回路を探すと言う選択肢も考えられるが、それはなかなかに難しい。
よほど地の利がある者を連れていなければ無理であろう。
ゆえに選択肢は、この三つとなるのだが、それはがんばって考えてもらうしかない。
今のシロウ達には関係のない事なのだから。
せめてもの救いは、リカルドが囮にした馬車が窪地に落下して道を塞いでいない事だ。
シロウは、すれ違った馬車が通り過ぎて行くたびに、無責任に応援だけはしておいた。
俺達が帰る時までには討伐しておいてね、と。




