137.裁縫所の訪問者
「じゃあ、俺が裏口の見張りにつくな」
「シロウ、それならルネも一緒に連れて行ってくれ」
「えっ? 私とシロさんが組むんですか?」
シロウが、裁縫所の裏口の見張りに名乗りを上げると、コウヤが相方にルネを推す。
その意外な組み分けに、ルネはコウヤの考えを不思議に思った。
いままでなら、二手に別れる時、探知能力があるハツカとコウヤが分かれていた。
しかしながら、今回コウヤは、その定石を外した配置を計画していた。
「今回に限っては、おれとハツカに探知手段があるからこそ、見張り部屋で待機だ」
「なるほど。裏口で何かあれば俺が追跡して、ルネには持ち場待機させる、って事か?」
「そうだ。その場合の後詰めはハツカだ。二人目が動くようならオレが追跡する」
「私が先に動くのは、探知範囲が広いコウヤの方が後追いがしやすいからですね?」
「そうだ。だが、最初の一人目が表口から出て来た場合は、おれが単独で追跡する」
「えっと、そうなると、場合分けが少し複雑なような……」
「ルネ、あまり難しく考える事はない」
ルネは、コウヤの話を聞いて、少し困惑する。
ゆえに、コウヤは、場合分けをして追跡計画を説明した。
その場合分けとは以下となる。
・調査対象『一人目』の行動
│
├・表口から出た場合。コウヤが距離を取って追跡する。
│ │
│『二人目』の行動
│ │
│ ├①表口から出る。ハツカが菟糸を裏口に出現させて追跡の合図を送る。
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│ └②裏口から出る。シロウが追跡。ハツカがルネと合流して後詰めする。
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│
└・裏口から出た場合。シロウが追跡。ハツカが後詰めに入って合流する。
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『二人目』の行動
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├③表口から出る。コウヤが距離を取って追跡する。ルネは裏口待機。
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└④裏口から出る。ルネが追跡。コウヤが後詰めに入って合流する。
「二人が一緒に動いた場合、それが表口だったなら、おれとハツカで追跡する」
「裏口なら、探知で動きを察した私とコウヤが、シロウ達を追い駆けて合流ですね」
「パターン③の場合だった時、ルネが孤立する事になるのが少し不安なんだけど……」
「だが、その時は基本的に、裏口に脅威となる対象は居ない」
「そうだけど、それ以外の外野なんかの不安があるんだよなぁ」
「シロさん、大丈夫です。それくらいは自分でなんとかします」
「まぁ、そうなりそうなら、こちらから先に少し働き掛けて、なんとかしてみよう」
「それなら、そっちの方も、動けるコウヤに任せる。じゃあ、俺は裏口の方に回るな」
「あっ、シロさん、私も行きます」
シロウは、コウヤの計画に一通りの納得を示すと、裁縫所の見張りにつく。
ルネは、そのあとを追い駆け、ハツカは部屋の窓際に移したイスに腰を下ろす。
そうしてコウヤは、熱探知と魔力探知を展開して、裁縫所周囲の動きの把握に努めた。
◇◇◇◇◇
「コウヤも飲みますか?」
「いや、おれは遠慮しておく」
「そうですか」
ハツカは、マジックバックから取り出した野草茶を自分のコップに注ぐ。
湯気が立つ温かな物を手軽に飲めるのは、状態を保存出来るマジックバックの利点。
その恩恵を素直に享受して、ハツカは窓際にコップを置いた。
それは、見張り部屋から裁縫所の見張りについて一刻ほど経った頃だった。
変に気を張っていたのにも慣れ、少々ヒマを持て余し始め、一息入れた、その時──
裁縫所に、一人の人物が訪れた。
その者は、サントスのフード付きのコートに似た物を身に着け、顔を隠した人物。
その後ろ姿から、当初はサントスかと思われた。
しかしながら、その身長は、入り口の扉との対比で、頭一つほど低く感じられた。
その者は、入り口で裁縫所の者と、しばらく会話を交わした後、中に導かれて消える。
先程の見解が無ければ、その者がサントスである可能性を考えた。
しかし、その者が裁縫所へと入る際に、それが無い事を察した。
なぜなら、その者のフードには、あの特徴的な大きな×印の縫い跡がなかった為。
また、仮にあの者がサントスであったならば、冒険者ギルドから連絡が入るはず。
サントスは、鑑定系の能力である『観察』を持つ。
ゆえに、人狼種の真偽を確認する為に派遣されたのであれば、コウヤ達と連携を取る。
よって、同様の理由で、冒険者ギルドから派遣された鑑定能力者、と言う線も消えた。
「コウヤ、あそこは裁縫所であって、服飾店ではなかったですよね?」
「ああ、そう聞いている」
コウヤ達が見張っている裁縫所と服飾店との違い。
それは、販売形態の違いであった。
裁縫所は、多くの人員を抱えて生産した衣類を商業ギルドを通して販売する作業場。
服飾店は、独立した裁縫職人による個人営業店、と言った分類が一般的となる。
その範疇を超えると、商業ギルドの傘下や貴族お抱えの職人、と言った括りとなった。
どちらにせよ、それぞれは、請け負った仕事の状況によって、融通をし合っている。
だが、裁縫所に個人客が訪れる事や一点物の注文が入る事は、まず無い。
逆に、個人経営の服飾店に短期納品の大量生産品の注文を入れる者も、まず無い。
ただし、何事にも例外は存在する。
ゆえに、いま裁縫所に入って行った者が客ではないと思えるも、コウヤ達は一考した。
「かなり遅れて裁縫所に入った、と言う事は、急用で遅くなった従業員でしょうか?」
「新しい仕事関連の訪問、と言う線もあるな……」
裁縫所と言う職場に、このような半端な時間帯に訪れる者の事を推測していく。
そして、先の会話の様子を思い返すうちに、正規の職人ではないように思えてきた。
そうなると次に考えられるのは、仕事道具や素材の取引をしている商人、と言う線。
しかしながら、それらの商品を持ち合わせているようには見えなかった。
となると、先にも述べた商業ギルドや服飾店に入った難問な注文が回されたケース。
世間で優秀だと認められている職人にも苦手なものや出来ない事はある。
だが、裁縫所と言う大量生産が行われる作業場には、その杞憂を補う術があった。
それが、毎日繰り返される大量の仕事による経験の蓄積。
裁縫所の職人達は、分業によって、専門の工程を集中的に作業していた、
その為、その分野に関しては、一流の職人とされる者に匹敵する経験を積んでいる。
これらの者達が、それぞれの分野を担う事で、総合的に一流職人の域の仕事を満たす。
ゆえに、それを理解する者は、直接裁縫所の職人に仕事の意見を求める事があった。
──のだが、この人狼化の懸念がある人物近辺への、このタイミングでの接触である。
否が応うにも、いろいろと嫌な想像が膨らんでいた。
「コウヤ、これをどう見ます?」
「そうだな……少なくとも裁縫所の中の様子を見ておきたいな」
裁縫所の裏口を見張っているシロウ達には、この状況の把握が出来ていない。
あの者が、裏口から裁縫所を出た場合、シロウ達は、果たして追跡に入るだろうか……
「ハツカ、ここを少し任せる。おれは一度、シロウ達と合流する」
「分かりました」
ゆえに、コウヤは、ハツカに一言伝え、先んじて一手打つ事にした。




