132.余香
◇◇◇◇◇
「それで、ハツカ、何か分かったか?」
シロウ達は二人組と分かれると、最、死体が見つかった現場へと来ていた。
そこで被害にあったのは、シルバーランクの冒険者。
見るも悲惨な状態となって発見された男性。
その者が、何者かと判明したのは、冒険者ギルドの認識票による賜物だった。
あのような形であっても、その身の証が立てられた男性は幸運である。
男性は冒険者ギルドを通して仲間に、その死が伝えられ、惜しまれながら地に還った。
その際、仲間達には、不幸な事故による死、とだけ伝えられる。
冒険者ギルドは、今回の被害者達の死因を極力伏せていた。
それは、人狼種に対する知識が無い者の介入を防ぐ為である。
人狼種にとって、食い散らかした残飯は撒き餌となる。
下手な復讐心に駆られた者とは、格好の獲物となる。
それは、言葉通りの獲物であり、眷属化候補の一員ともなる。
だからこそ、冒険者ギルドは、人選をした上で事件の解決に努めていた。
死体の発見現場に着いたハツカは、菟糸で収集したニオイの結果を淡々と告げる。
「そうですね……黒爪狼とは違いますが、いくつか近いものがあります」
「……それなら意外と簡単に見つかりそうだな」
「いえ、黒爪狼と褐色狼では、体質の変化からか別者として認識された前例があります」
「うん? ハツカ、それって、どう言う事?」
「この場に留まっている余香は、人狼種が常に纏っているものではない、と言う事です」
街中に潜んでいる人狼種が、日中に人狼化した姿でいる事など有り得ない。
探している人狼種は、事を起こす直前までは人間の姿を維持している。
つまり、ここで得た情報とは、実際の事件現場近くでなければ有効に働かなかった。
「こう言った面では、私よりもサントスの『観察』の方が優秀です」
「視認すれば、その者の状態が分かる、ってヤツか……」
「現状だと、サントスを大通りで交通量調査のように見張らせるのが一番有効だろうな」
「まぁ、その辺りの使い所は、街の事を熟知している連中に上手い事、考えてもらおう」
「ふむ、それは良いとして、シロウ……今回は本当にやる気がないな」
コウヤは、シロウが、いままでになく他人に仕事を振っている様子に目がいった。
その事から、何か理由があるのか、と率直に訊ねる。
「俺は器用じゃないんで、人狼種の攻撃を受けずに戦う事なんて出来ない」
シロウは、人狼種と対峙した場合、接近戦をせざるを得ない。
だが、人狼種の何が切っ掛けで眷属化が起きるかが分かっていない。
ゆえに、極力人狼種に関わらず、戦闘を避けたい、と考えていた。
そのような考えである為、自ずと、その言動が消極的なものとなっていた。
「二人は探知能力と遠隔攻撃があるから、まだ良いけど、俺は、なぁ……」
「そう言うシロウにも、指弾があるでしょ?」
「おれだって、人狼種に一気に間合いを詰められれば詰みだ。さほどリスクは変わらん」
「まぁ、そうなんだけど、赤迅の剣士関連の情報の為でも、やっぱり割に合わなくね?」
「シロウ……今回は、本当に踏ん切りが悪いですね」
ハツカは、シロウの煮え切らない態度に、次第に苛立ちを募らせていく。
「単純な殴り合いなら、踏ん切りが付くんだけど、こう言うのって、どうにも、な?」
「まぁ、分からなくもないが、おれ達は、こう言うものに慣れておかなければならない」
「コウヤ、それは、どう言う意味です?」
コウヤは、シロウが抱いている言い知れない不安や危機回避行動を否定しない。
だが同時に、そこから目を背けた場合のリスクを示した。
「自分ではない者に変質する。そう言った意味では、人狼化も逸脱者化も同一リスクだ」
結局の所、この二つの現象は、人間を魔物へと変質させる、と言う点では同じだった。
そして、この変質現象が、多くの冒険者に生理的な忌避感を湧き起こす。
大抵の者は、好き好んで自分達を脅かす異形の者になりたいとは思わない。
しかも、そこに至る過程で、高確率の死が付きまとうとなれば尚更。
これが、人狼種の討伐依頼の受け手が不足し、人員が育たない要因。
と同時に、人狼種が、絶滅する事も無かった要因であった。
「両者の違いは、その発生源と感染経路。そして──」
「ギルドに目をつけられた以上、いつかは関わらざるを得ない、だろ?」
「そうだ。なら、どちらも事態が切迫する前に問題を解決した方がリスクは少ない」
「その言い分は分かるんだけど、こっちからリスクに飛び込む必要もないだろ?」
「だからこそ『行動の自由』と言う裁量権を確保したんだろ」
コウヤが人狼種の討伐依頼を受けるにあたって要求した条件。
その第一条件が、パーティの行動に関する裁量権だった。
当初から、この依頼に乗り気でなかったシロウ。
だからこそ──
「これがある限り、シロウが、やばい、と思った時点で、逃げの一手を打てば良い」
コウヤは、シロウを納得させる為の抜け道を用意していた。
「シロウ、良かったですね。敵前逃亡の許可証が出ていますよ」
「いや、そうなる前に、手を引きたいんだけど……」
「赤迅の剣士関連の情報は掴んでおきたい。人手は不足している。足は使ってもらうぞ」
ハツカが、ヒニクっぽく絡み、シロウは心底、辟易とした表情を浮かべる。
そしてコウヤは、現実的な問題点から、聞き込みの為に働いてもらう、と告げた。
「じゃあさ、祭りで出店を出していた、お兄さん達やロウ達を頼ろうよ」
「シロウ達が、武術祭の時に関わりを持った連中か?」
「そうそう。ロウ達なら街の裏事情にも明るいからな」
「しかし、ロウ達を頼るのは良いとして、この件に一般人を巻き込むのは感心しません」
「ハツカの言い分は確かだな」
「いや、ハツカは筋肉チャンピオンに言い寄られていたから近づきたくない【グハッ!】
「シロウ、私は私情を挟みません。邪推は止めてもらいましょうか」
「おまえ達、それくらいにしておけ。ともかく、必要なら繋ぎをつけるのも有りだろう」
シロウは、相変わらず余計な一言の為にシバかれ、ハツカは、素知らぬ顔を貫く。
コウヤは、そんな二人の背中を押して、人狼種の襲撃現場から大通りへと引き返した。
「あっ!」
「うん?」
と、その時、大通りをフラフラと歩いていた人物と、ぶつかりそうになった。
「ルネ?」
「なんでルネが、こんな所を一人で歩いているんだ?」
それは、なんだかんだと言いくるめて冒険者ギルドに置いて来たルネだった。




