131.観察
「えーと、僕が見た感じだと、噂になっているように人狼種の仕業のようです」
「自分が人狼種と戦った時に荒らされた家屋に刻まれた爪痕の高さも、この位でした」
ディゼと呼ばれた盾持ちが、先ほどまで自分で見て回っていた見解を述べる。
彼は、馬車で二日の行程で着く製錬都市で、つい先日まで衛兵を務めていたらしい。
そんな彼だからこそ、以前に目にした人狼種による襲撃現場を思い出して答える。
そして、フード付きも、以前に戦った経験から、爪痕を基に個体サイズを測っていた。
「ほう、人狼種についての知識と経験があるのか」
「あのお嬢様は、よくそんな知り合いを持っていたなぁ」
「それで、あなた達から見て、何か分る事がありますか?」
コウヤは、二人組の意見を聞きながら、改めて襲撃現場の様子を見聞する。
その様子をしばらく見ていたディゼが、今度はシロウ達に尋ね返した。
「俺はハツカ達のように人狼種を見ていないから、なんとも言えないなぁ」
「こう言った場合、ハツカの探知能力が頼みの綱だが、どうなんだ?」
「人狼種のニオイが薄くなっているのか、断定出来るものがありませんね」
「まぁ、そう上手くはいかないか」
「えっ、ニオイで犯人を追えるんですか?」
ハツカは、菟糸が記憶している黒爪狼のデーターから人狼種のニオイの特定を図る。
しかし、時間経過による風化が激しいらしく、有効な情報を得られていなかった。
ハツカは、せめて目的の人狼種の特定だけはしておきたかった、と残念に思う。
だが、ディゼは、その追跡能力の優秀さを素直にスゴイと感心していた。
そして、ディゼの驚きを見て、なぜか調子に乗ったシロウが、ハツカの事を自慢する。
「おう、うちのハツカは、そんじょそこらの犬以上に鼻が利く【ブベシッ!】
「シロウ、失礼ですね。殴られたいのですか?」
「もう殴ってるじゃないか……」
シロウは、余計な一言が災いして、忠告より先にハツカにボディブローを決められた。
「まぁ、探している犯人を特定出来れば、見失う事はないと思います」
「それはスゴイですね」
ディゼは、素直な感情でハツカの優秀さに感嘆の言葉を示す。
その事が、追跡が出来て当たり前、となっていたハツカに新鮮な自身をもたらした。
その結果、ハツカには珍しく、無い胸を張った誇らしげな様子を見せさせた。
「じ、自分なら、目の前に人狼種がいたら、一目で見抜けます!」
ディゼがハツカに羨望の眼差しを向けると、フード付きから、そんな発言が出た。
なぜかハツカに対抗するように自分の優秀さをアピールして来たフード付き。
いきなり話に割り込むように発言して来たが、ここで有用な情報が一つ増えた。
「ほう、人間の中に紛れ込んだ人狼種を見分けられるのか?」
「自分は、鑑定系の能力の『観察』を持っています」
「へぇ……そいつはスゴイな。で、その『観察』って、何が分るの?」
今度は、フード付きが、ちょっと得意げに胸を張る。
その様子に、シロウは少し残念臭を感じたが、ひとまず横に置いておく事にする。
そして、問題の『観察』が、どの程度のものなのか、を訊ねる事にした。
「自分の『観察』は『人や物の状態を視れる能力』です」
「ふむ、状態か……つまり、毒などのように、人狼化が起きているかが分かる、と?」
「そうなります」
「なるほど、では、以前に人狼種と戦った時も、そうやって見つけたのですね」
「えーと……」
ハツカが、フード付きの能力に感心して、以前の経験から来る自信なのだと納得する。
しかしながら、なぜかフード付きは、ハツカの感心に対して口ごもり始めた。
「実は、その時の人狼種は、特殊な結界を使う者で……」
フード付きは、結界内では鑑定系の能力が、一日に一回の使用制限を受けた事を語る。
そして──
「結局の所、結界内では人狼種以外の者しか『観察』で視れていませんでした……」
結界中に潜んでいた人狼種を『観察』に掛ける事が出来なかった事を告げた。
最初の印象道通り、なんとも言えないポンコツぶりが露となった。
「えっ、それじゃあ、本当に人狼種が見つけられるか分からない、って事じゃないか?」
「いえ、その時に一緒に結界に取り込まれていた大亜狼種は『観察』で確認しています」
「はぁ? 大亜狼種って大型の狼の魔物の事だよな? どう言う事だ?」
シロウは、フード付きが、なぜ大亜狼種を『観察』するに至ったのか、を訊ねた。
「その大亜狼種も人狼種と同様に人間に化身していましたが、敵ではありませんでした」
人化の法で人の身に化身していた大亜狼種が、人狼種の一匹を倒した事を告げる。
「人狼種を一匹倒した、と言う事は、他にも人狼種がいたのですか?」
「そうです。その場には二匹いて、その両方とも眷属化で人狼種に変貌した者達でした」
「ふむ、その辺りの詳しい経緯は、あとにして……『観察』は有効だったんだな?」
「そうです」
フード付きは、自分の『観察』に絶対の自信を持って、そう答えた。
「なるほど。これで、最初にシロウへの警戒をアッサリと解いた訳が分かりました」
「ふ、ふ~ん……人間と人狼種の識別ねぇ……」
「識別が可能なら、それに越した事はない。お嬢様は良い手札を持っているじゃないか」
ハツカ達は、二人組がシロウに対する警戒を早い段階で緩めた理由に納得がいった。
つまり、フード付きは、最初の段階でシロウを『観察』していたのだ。
その結果、『人狼種ではない』と確認が出来たからこそ、話し合いの場についた。
だが、そんな二人組の事情を知らなかったからこそ、当初、シロウ達は戸惑った。
全ては、この情報量の差によって生まれた、両者の緊張感の違いが原因だった。
あれが浅慮からの行動では無かったと知れて、コウヤは二人組の評価を改める。
そして、有効な手札を用意して来た、お嬢様の事を少し見直していた。
ただしシロウだけは、いきなり覗き見られていた事に、不機嫌となっていた。
「ともあれ『観察』で識別が出来るなら、人狼種を探すのが容易になるな」
フード付きを、人通りが多い場所で見張らせれば、人狼種を問題なく見つけられる。
その事が分かったコウヤは、さっさとリヨンにフード付きを会わせる事を考えた。
「おまえ達は、冒険者ギルドで、この件の責任者と顔合わせを済ませるべきだろう」
「そうですね。分かりました」
「僕達は、依頼者から直接依頼を受けたので、現場にも直接、入ってしまいましたしね」
二人組は、事件の事を一通り周囲で聞き込みながら、現場を調べていたらしい。
その理由は、宿泊先の宿屋と冒険者ギルドの途中に現場が位置していたから、との事。
依頼者から直接依頼を受け、その効率を上げようとした結果の手順の入れ替え。
それが結果として、共同依頼である、この件の情報共有を遅延させてしまっていた。
「とにかく一度、冒険者ギルドに行ってくれ。そこで上手く再配してくれるだろう」
「そうですね。では行ってきます」
ディゼが少しバツが悪そうに答え、フード付きも少し肩を竦めて小さくなっていた。
「じゃあ、コウヤ、俺達は死体が見つかった別の現場を見に行くか?」
「ああ、そうだな。それも出来る事なら一番最近の場所が良いだろう」
「そうですね、そこでなら菟糸が反応する痕跡が残っているかもしれませんね」
「んじゃ、移動するか」
「いや……その前に一つ確認しておく事がある」
そう言うと、コウヤは、冒険者ギルドに向かおうとしていた二人組を呼び止めた。
「おれはコウヤ。その二人がシロウとハツカだ。そっちの名前も聞かせてもらえるか?」
「ああ、そうですね、名前を言っていませんでした。僕の名前はディゼです」
二人組の盾持ちは、会話の途中で出て来た通り、ディゼと言う名前の青年だった。
そしてコウヤは、確認を取りたかった本命のフード付きへと視線を移す。
「えーと、自分の顔には、お見せすると不快な思いをさせてしまう怪我の痕があります」
フード付きは、一言前置きをして、素顔を見せられない事の謝罪を挟む。
そして──
「自分は、サントスです。いまは荷を預けていますが、行商もしています」
と頭を少し下げた状態から、自分の名前と行商人を掛け持ちしている事を告げた。




