013.群れの脅威
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商隊は襲撃の事後処理を終えて、再び国境の街へと進み出す。
今日は野営を控えている訳ではないので、本来なら無為に足を止める必要は無い。
商隊としては魔物を回収するよりも、さっさと危険な道中を抜けるべきだっただろう。
だが、今回の護衛団は優秀だった。
二度に渡る襲撃で、商隊に大した被害が出なかった事と、そこで得た数々の狩猟品。
それらを省みれば、その優秀さは疑いようの無いものであった。
しかし、その戦果が商隊の目を曇らせて判断を誤らせた。
程なくして三度目の警鐘が響く。
それは物事が順調に運んでいたがゆえに、欲を出してしまった結果。
余計な滞在時間を取った事で、魔物に付け入られるスキを与えてしまった。
ちょっかいを出して来た魔物は、ピューマに似た大小二種類の魔物。
「大量にいる灰色の魔物がジャガランテ、黒色の大型種がヤガランテです」
「ははは、これはマズイですね。あっ、ヤガランテはジャガランテの上位種の事ですよ」
ルネが馬車から顔を出して魔物の識別を行うと、ファロスが補足を入る。
そのヤガランテが率いる狩猟集団が、前方から商隊に襲い掛かる。
バーバリアンシープを上回る速度で迫った集団は、先頭の馬車を襲撃する。
そして早々に先頭の馬車と牽引馬を潰して、後続の進路を塞いで動きを止めた。
第一目的を達成した集団は、次第に間隔が縮まって行き場を失った商隊を包囲する。
早急に逃げ道を封じて狩場の形成に成功した集団は、双方の動きを停止させた。
それは、これ以上は慌てて事を進める事に意味がないと理解した上での統率行動。
ヤガランテは配下の戦力を消耗させる事なく、確実に獲物を狩猟する事を目論む。
そんな狩猟者の意図が読み取れる包囲網に、商隊は遅まきながら焦りの色を覗わせた。
先頭の馬車にいた主力護衛の一部を潰された事。この場に完全に停止させられた事。
左右は、荒れた岩が転がるか、深く抉れた窪地への急斜面。
戦力の低下も然る事ながら、馬車を急発進させて逃亡する事も封じられた状態。
馬車が動かせたものではない以上、護衛団は魔物の数を減らしていくしかない。
護衛団は、馬車と魔物の間に位置を取り、迎撃態勢を取るしかなくなる。
その確認と覚悟を決めさせたのは、包囲網を敷いた狩猟集団が取った一時の停滞。
両者の緊張を高まって行く中、それを一瞬にして破って狩猟集団が再び襲い掛かる。
「ハツカさん、来ます」
「見えています。シロウは下手な手出しはしないで下さい。迷惑です」
「そこまで言うのなら任せるけど、危ないと思ったら手を出すからな」
ハツカは右手に剣を携え、拾い集めた小石を手に抱え込んだシロウとルネの前に出る。
そして周囲がジャガランテとの交戦を始める中、ハツカは一歩引いた位置に陣取った。
護衛団の守備を掻い潜った数体の魔物が、一斉に後方の馬車に体当たりを敢行する。
横腹を叩かれた馬車が、窪地へと横転落下して大量の食料を散乱させた。
そこに狩猟集団の規律がまだ浸透していない若い個体が、食欲を優先して食らい付く。
いち早く戻ったトムヤンクンが、魔物に斬り掛かり、一体の魔物を孤立させる。
そしてハツカの前には、一撃離脱した二体の魔物が、その矛先を変えて襲い掛かった。
二体のジャガランテが、その研ぎ澄まされた爪撃をもって同時に攻撃を仕掛ける。
首を撫でるように滑らせた軌跡のあとを流血が飛散して大地を二度濡らす。
地に崩れ落ちた二体のジャガランテの首を薙いだ剣と宝鎖から血が滴り落ちる。
そして二本の宝鎖が、魔物が力尽きるまで捕縛して封殺した。
それはハツカが、道中で周囲に忍ばせながら試行錯誤していた宝鎖の運用。
まずハツカは、宝鎖を最大射程距離で使用するのを止めた。
それは、結局の所ハツカ達が魔物を仕留められる攻撃が、接近戦しかなかったからだ。
だからハツカは、宝鎖の特性を考慮した役割分担と自動化を試みた。
道中で着手したのは、一本だった宝鎖を複数に使い分けられないかと言う点。
その結果、射程距離に収まる長さまでなら、自由に数を変化させられる事が判明した。
ただし、自分で十全に操鎖が可能なのが、一本のみである事も判明する。
出現させた残りの宝鎖は、操作しようとしても単純な動きにしか対応が出来なかった。
そこで現在、使い分けている設定が以下となっている。
射程距離8メートル圏内で足元から伸びてニオイを自動収集する探知用が三本。
射程距離7メートル圏内で足元から伸びて自動発動する捕縛用。
射程距離5メートル圏内で左肩から伸びて自動発動する防衛用。
射程距離5メートル圏内で右肩から伸びて自己操鎖する操鎖用。
探知用は、足元から視覚化させずに周囲三方向に這わせている。
ただ、この探知用は可能ならば環状に這わせたかったもの。
しかし半径8メートルの円周の長さは、8×2×3=48メートル。
それだけで宝鎖を使い切る訳にはいかないので、このような配分となっている。
またハツカは、宝鎖の運用に融通を持たせる為に、いく分かの軌道余力を残していた。
三本の探知用は基本的には、ニオイの収集に専念している。
しかし状況によっては他の用途への転用も考慮されていた。
そしてそこで得たニオイを追尾して捕縛用と防衛用が自動発動するようになっている。
ハツカは、捕縛用と防衛用を使って二体のジャガランテを捕縛する。
そして身動きを封じた二体を、剣と操鎖用を使って出血死させていった。
「ハツカさん、スゴイです!」
初の実践投入とは思えない鮮やかな戦いに、ルネはハツカを見て感嘆の声を上げる。
しかし振り向いたハツカは、シロウに不機嫌な顔を向けて問いただした。
「シロウ、手出し無用と言っておいたはずですが?」
「すまない、反射的に手が出てしまった」
「えっ、どう言う事です?」
二人の会話の意味が理解出来なかったルネに、ハツカは手前のジャガランテを見せる。
頭の向きを返された魔物の額部には、陥没した部位が形成されていた。
「これをシロさんが? 一体どうやったんですか?」
「あ~、うん、ルネのマネをして小石をぶつけた」
シロウは立てた右拳の親指の上に乗せた小石を、上に弾いて見せながら答える。
手に握り込んだ親指を弾いて、小石を魔物に向けて撃ち込んだ攻撃。
それは、現状で直接殴り掛かる事にリスクを伴っているシロウが用意した対応手段。
ルネを参考にして、何かのマンガで読んだ記憶から採用した投擲攻撃は『指弾』
採用した理由は、なんかカッコ良かったんだよな、と言う思い出補正から。
その威力は、当たり所によっては魔物を一撃で無力化する事も可能なものであった。
ただし、その有効射程距離は3メートル。それ以上離れると威力と命中精度が落ちた。
「コレ、思ったよりも使えるかもな、大きな動作無しで蹴りよりも遠くまで届く」
シロウは、ハツカの守備範囲を避けて流れて来たジャガランテに指弾を撃ち込む。
噛み付きと爪撃が主力である魔物が相手だと、眉間が狙いやすい為、そこを撃ち抜く。
頭部への攻撃が上手く決まると、昏倒状態にまで持っていけた。
あとは倒れた所を、血抜き処理を兼ねて首を掻っ捌いた。
「シロさん、出来ませーん」
シロウの実演を見たルネが、適当な標的を相手にマネをするが、まともに飛ばない。
筋力の事などを考えれば当たり前なのだが、ルネはムキになってマネをしている。
「ルネ、今は戦闘中です。シロウのマネをしたいのなら後でやって下さい」
ハツカはルネの様子を、いじらしくも場違いだと感じて早々に練習を切り上げさせる。
そして注意されたルネはと言うと、素直にスリングでの投擲に切り替えた。




