129.人狼種の再認識
◇◇◇◇◇
「んじゃルネ、人狼種への備えの調査を頼むな」
「はい、ただ、あまり期待はしないでください」
人狼種の眷属化に購う方法。
現状で、そのような都合の良い話は聞いた事が無い。
だが、その有無によって街中に潜んでいるとされる人狼種への脅威度は大きく変わる。
人狼種は、襲った者を自身の眷属とし、同族を得る手段を特性として持つ。
その脅威は、吸血種や不死者を想起すればイメージしやすいだろう。
この特性の恐ろしい所は、人間の勢力を削ぎつつ、自陣営の勢力の強化が可能な所。
そして、相対的な戦力の早期逆転を起こり得る可能性がある点であった。
ただし人狼種の眷属化は、獲物として狩った人間に起こる副作用的な現象。
その為、意図的に眷属化を行う吸血種のような計画性や確実性を持たない。
また、死者を取り込む不死者のような爆発的な勢力拡大能力も有していなかった。
この事から現状、人狼種への対応は、早くも無いが手遅れともなっていない状況。
しかしながら、人狼種は人間を遥かに上回る身体能力と自然治癒能力が有る。
そのような者が、街中で人間を襲って同族を増やしている、と言うのは看過出来ない。
ゆえに、その脅威となる人狼種の眷属化を、抑制ないし治療する術が必要であった。
それなのに、どう言う訳か、テオルドもリヨンも、そう言った考えに至っていない。
彼らの頭の中は、人狼化が起きてしまったら、もう殺すしかない、と言う常識のみ。
人狼種も人狼化した者も、等しく魔物であり敵対者として倒すべき相手、と言う認識。
それは間違いではないが、その連鎖を抑制しよう、と言う考えが欠けていた。
ゆえに、ルネがシロウから求められたものは、その連鎖を断つ方法。
つまり、街中を調査する冒険者達の二次被害を防ぐ手段の調査だった。
「でも、人狼種に襲われて無事だった人の話が少ないんですよね……」
ルネは、手始めに冒険者ギルドで話しを聞いて、資料室で資料を読み解いていく。
とは言え、そこに残されていた物の大半が、遭遇場所や戦った冒険者の名前の記載。
あとは、被害状況の報告が、チラチラと書かれている状態だった。
「人狼化した人の見分け方も無いんですね……」
ルネは、怪しき者は皆殺し、と言う形で解決が図られた事例を見て心を痛める。
そして、改めて人狼化の対抗手段の確保に強い使命感を抱いた。
「こちらの資料室には、そう言ったものは見当たりませんね。どうしましょう」
ルネは、取り出して見ていた資料を元の棚に戻しながら思案する。
人狼種の襲撃後に、人狼化を防ぐ手段があったなら、その方法が残されているはず。
しかし、それが見つからず、テオルド達が知らなかった事を考えると……
「やっぱり、人狼化を防いだり治す方法は無いみたいですね……」
ルネは、人狼種が爪を舌舐めずりしている挿絵を思い出して身を震わせる。
そして、コウヤが命名した黒爪狼も、強力な爪を武器にしていた事を思い出していた。
「あの爪や牙から毒のようなものが注入されているのでしょうか?」
眷属化で有名なのは、吸血種による吸血を起因とする眷属化。
人狼種も人間を襲った際に牙で噛み付いている。
その事から、似たような経緯で眷属化が起こっていると考えるのが普通だった。
「でも、噛まれていない人からも人狼化が起きているんですよね?」
ルネは、その相違から人狼種と吸血種とでは眷属化の方法が違う事を突きつけられる。
そうなると、何が起因が分らない為、カスリ傷を負う事すら出来なくなる。
「ハツカさん達ならまだしも、シロさんが危険です」
ここに至り、ルネは、この依頼を拒んでいたシロウの意図を理解した。
ハツカには、菟糸と燕麦。コウヤには炎弾と自然発火。
リヨンには、操演武による遠隔攻撃と防御。
各自に、人狼種を寄せ付けない豊富な攻撃手段と防御があった。
しかしながら、シロウには、小石を使った指弾くらいしかない。
シロウも人狼種も、互いに近距離格闘戦を得意としている。
ある意味シロウにとって人狼種は、最も組みしやすい戦闘スタイルの相手だった。
しかしながら、人狼種には襲った相手を眷属化させる特性がある。
この一点によって、シロウにとって、その相性は最悪のものへと逆転する。
戦闘スタイルの噛み合わせが良すぎて、自ずと牙が届く間合いでの戦闘が増す。
それはシロウが手数で一手分のハンディを負い、人狼化のリスクが増す事を意味した。
リヨンから受けた昇格試験。
そこでルネは、リヨンの攻撃から身を守った事で、無事に認められて昇格を果たした。
その合格基準となったのは、ルネがリヨンの攻撃を防いだ、と言う一点だった。
つまり、あの防御に傾倒した判断基準とは、今回の依頼を見越して行われたもの。
人狼種からの被弾を防ぎ、身を守る能力を見る試験だった、と言う事に他ならない。
そして、シロウがルネに、人狼化の対抗手段の調査に専念させたのも同じ理由。
全ては、いまルネが辿り着いた、人狼種との戦闘の流れを想定した対策。
そこに、ようやく気づいたルネは、いかに自分の考えが至らなかったのかと痛感した。
「私は、自分が出来る所で、ちゃんとシロさんを助けないと、ですね」
ただ、ルネは同時に、シロウの助けにならなければ、と改めて思い直していた。
「一人で考えていても仕方がないですね。こう言う時は素直に人に聞きましょう」
そうしてルネは、冒険者ギルドを出ると、薬剤店や商業ギルドを回ってみる事にした。




