128.依頼条件
ハツカが、個人的に依頼を受ける事を了承した、その時──
「いいや、この依頼は、必ずメンバー全員で受けてもらう」
シロウの思惑を一喝して遮る声が上がった。
その声の主は、シロウ達が居る一室にズカズカと入り込んで、問答無用に言い放つ。
シロウは、その場に現れた辺境伯配下の人物を見て、時間を掛けすぎた、と後悔した。
「また、テオルドか……」
シロウは、アニィの護衛依頼の時の一幕を思い出してウンザリした。
「身近な者と常に行動をしていれば人狼化の異変に気づきやすい。これは必須事項だ」
「それで効果が無いから、いまも犯人が特定されていないんだろ?」
テオルドは、人狼種を相手にした時の眷属化の早期発見を念頭に置いて話していた。
しかし、シロウは現状から、それが当てにならない、と察して全員での受注を避けた。
いまシロウが考えていたのは、自衛能力が乏しいルネを、この依頼から遠ざける事。
その為に、大げさに自分達に掛けられた人狼化の嫌疑を否定し、依頼を拒否する。
謂れのない疑いの目を向けて来た冒険者ギルドの依頼を受ける気など無い、と。
ただし、この言い分には、冒険者ギルドが付け入れる穴が用意されていた。
それは、ハツカだけは、必ずしも不当な嫌疑の対象では無い、と言う点。
その事からハツカは、この依頼からルネを外す、と言うシロウの思惑を察する。
ゆえに、ハツカは、個人的に依頼を受ける、と言う形で妥協して見せた。
だが、この案が受け入れられた場合、ハツカは本当に一人で受ける気など無かった。
これは、あくまで、この依頼からルネを遠ざける為のもの。
当然シロウを裏で、こき使う気であったし、シロウも一方的に押し付ける気は無い。
つまり、シロウが最終的な落とし所として考えていたのは、パーティの二分割編成。
この形での依頼の受注となれば御の字だと考えいた。
この体制での受注となれば、冒険者ギルドには、一応の義理は果たせる。
そして、最初に神父達に頼まれていたルネを、危険な依頼から遠ざけられた。
また、この依頼の間に、コウヤには赤迅の剣士関連の情報収集を任せられる。
この辺りの機微は、いままで組んでいただけにシロウとハツカの間で通じていた。
そんな思惑で、事を優位に運ぼうとしていた所をテオルドに横ヤリを入れられる。
話を振り出しに戻されたシロウは、心底、煩わしさを感じていた。
そこに続くテオルドの言い分──シロウは、次第に憤りを募らせていった。
「ええい、つべこべ言わず、お前達は職務に努めれば良いのだ!」
「おいおい、職務ってなんだよ。それなら自分の部下を使えよ」
「いま街中を戦士団と共に警備隊までも動けば、物々しくなって逃げられてしまう」
「それ、俺達に関係ないよね? いっそ戦士団に赤迅の剣士の捜索を止めてもらえば?」
「そんな事は出来ん! そもそも魔物への対処は、冒険者ギルドの管轄だ!」
「それを言うなら、一般的に街中は衛兵……この街なら国境警備隊の領分だろ?」
シロウは、テオルドの言葉に冒険者ギルドの役割を再認識させられる。
だが同時に、その話の中で、一点の疑問が頭を過ぎり、訊ね返す。
すると、それに対する答えを、ハツカとコウヤが導き出した。
「きっと、どこかの貴族に被害が出ているのでしょう」
「ああ、それで、あのお嬢様が泣き付かれて、対応を求められている、って感じか?」
「ありそうな話だな。メンツを保つ為に、解決を急がされているのだろう」
「なるほど、それで黒爪狼との接触を持っている私が目をつけられた、と?」
「なんとなく、話の流れが見えて来たな」
「……」
「テオルドさんが、静かになりました」
「どうやら、ほぼ推測が的中したようだな」
「……キミ達、容赦がないヨン」
冒険者ギルドを介して、依頼者側の内情を知っているリヨンが、テオルドを哀れむ。
こうして、街中に潜むと目される人狼種に関する依頼の背景が明らかとなっていった。
「ともかく、お前達には、街中に潜む殺人者の捕縛に尽力してもらう!」
「強引だなぁ。リヨン、この依頼って、俺達、本当に受けないといけないの?」
「う~ん、指名依頼だから、受けた方が冒険者ギルドの受けは良いヨン」
「だが、強制依頼ではない。この辺りがギルドが王国の言いなりになっていない証だな」
「じゃあ、蹴っちまうか」
「そ、それは困る!」
「武術祭後だから、この件に対応が出来る実力の冒険者が散って、人手不足なんだヨン」
リヨンは、もう隠す意味が無い、と強引に捻じ込んで来ている理由を暴露した。
街中に潜むとされる人狼種の調査と討伐には、多くの人員が必要となる。
その為、この依頼は複数のパーティを参加させる共同依頼となっていた。
そして、それ当たる冒険者には実力はモチロン、人狼種への知識や経験が求められる。
だからこそ、冒険者ギルドは指名依頼を出す必要があり、人手が不足していた。
「そっちの事情は分かった……そうだな、こちらの条件が飲めるのなら協力をしよう」
「おい、コウヤ!」
いままでシロウが避けようとしていたパーティでの受注に、コウヤが口を挟み始めた。
「シロウ、落ち着け。テオルド、おれから二つ条件を出したい。どうだ?」
「こちらの足下を見て、報酬の値上げでもするつもりか? まぁ良い、言ってみろ」
テオルドは不機嫌となるも、話しを聞くだけの冷静さは持ち合わせていた。
「おれ達は、この依頼を受けるに当たって、行動の自由と情報をもらいたい」
「それは、具体的には、どう言う事だ?」
テオルドは、訝しみながら訊ね返す。
「一つ目に、この依頼は他者との連携が必要となるが、おれ達には行動の自由をもらう」
「それは無理だヨン。全員で情報を共有しないで、どうやって犯人探しをするんだヨン」
「いや、おれが言っているの、お堅い命令系統に組み込まれたくない、と言う事だ」
「ああ、俺達の裁量で動けるようにする、って事か。なるほど……それ良いな」
コウヤが出した条件を聞いて、シロウは、やっと、その真意を理解した。
つまり、これは囮や捨て駒にされない為の予防線、と言ったものだった。
このなら無茶な指示や命令で、ルネを危険な前線に連れて行かれる事を避けられる。
戦闘に向かないルネを殺人者に近づけたくない。
そう思ったからこそ、シロウは、この依頼を拒否していた。
その想いは、ハツカも同じ。
だからこそハツカは、個人的になら依頼を受ける、と協力の意思を示す。
だが、そこにテオルドの横ヤリが入って、一度は落とし所から遠ざかっていた。
(──が、悪くない)
シロウは、コウヤが提示する二つ目が何か、に気づいて成り行きを見守る事にする。
「そして、二つ目に、赤迅の剣士関連の情報を随時もらいたい」
それは、この街でシロウ達がしなければならなかった最優先事項。
逸脱者と目される赤帽子と、その討伐者に関する情報であった。
「お前達は、あの赤迅の剣士と何か関わりがあるのか?」
ただ、コウヤが、こう言った事により、当然のようにテオルドからの探りが入いる。
だが、その問いに対してコウヤは、この依頼と赤帽子との共通点を上げた。
「どちらも、突然、街中に現れた魔物絡みだ」
「なるほど……」
「赤迅の剣士絡みで浮き上がって来る赤帽子の情報が役に立つかも、って事かヨン?」
「そんな所だ。街中への侵入方法も含めて、一概に別件と考えない方が良いだろう」
「ふむ、そう言う事なら、こちらでも検討して情報を集めよう」
「ああ、頼む」
コウヤは、暴論と拡大解釈で、自分達が求める情報の収集と開示を要求する。
それに対してテオルド達は、意外な着眼点だ、とアッサリと丸め込まれた。
こうしてテオルドに、条件を了承させたルネサンズは、指定依頼を引き受ける。
そして、現在までに分かっている情報を得ると、それぞれの役割を分担していった。




