127.指名依頼
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「それで、ギルドのルールを守る為に、強引に試験を受けさせた依頼ってなんですか?」
シロウは、こちらの都合を考えずに、強引な手を使ってきたギルドに不信感を抱く。
冒険者ギルドには、冒険者を指名して依頼を出す方法がある。
それが、依頼者と冒険者の間で培われた信頼の証でもある『指名依頼』である。
ただし、その対象となるのは、ゴールドランク以上の冒険者、と定められていた。
そうしているのは、依頼者に対して、冒険者ギルドと冒険者の信頼と実力を保つ為。
一定の実力が伴われていないと、依頼の未達成によるトラブルが起きかねない。
また、縁故採用によって初期冒険者のランクの不当な引き上げへの対策でもあった。
ゆえに、ギルドは冒険者の実態調査、と言う側面も考慮して昇格試験を実施していた。
──のであるが、そんな事はシロウ達には関係ない。
なぜなら、シロウ達には、他にやるべき事があったからである。
ルネサンズは、王国のリディアーヌ第二王女からは、特殊な依頼を受けていた。
その実績は、一定の評価がされていてもおかしくはない。
しかし、あの依頼は、冒険者ギルドを通す事なく行われた個人的な依頼に分類された。
その為、国境の街でのルネサンズは、表立った実績を残していないパーティとなる。
そんな者達を指名して、強制力を翳して来た依頼に、コウヤ達も不満を抱いていた。
「まぁまぁ、仕事がある事は良い事だヨン。ひとまず、ボクの方から説明するヨン」
そして、当然のように同室している、先の特別昇格試験の試験官。
その事実から、先ほどの試験が出来レースであったかのようにすら思えていた。
「まず最初に伝えておくけど、依頼者は、この地域を治めているウェキミラ卿だヨン」
その名前が出た時点でシロウ達の頭に、背後にいるポッチャリお嬢様の姿が浮かんだ。
そして、肝心の依頼の詳細は以下となる。
・武術祭の開催期間中から、数名の冒険者が失踪する事件が発生していた。
・その後、失踪者は、街中で死体となって発見されている。
・発見された死体には、いずれも魔物に襲われたような殺傷痕が残されていた。
・その事から、街に入り込める魔物が、いまも街中に潜んでいる事が予想される。
・この件は、住民の不安を抑える為に、表向きは通り魔事件として扱われている。
「この辺りの魔物で該当する『人狼種』が、街中に潜んでいるかも、なんだヨン」
要約されたリヨンの言葉で、コウヤ達は指名された理由に思い当たった。
「要するに、おれ達が呼ばれたのは、黒爪狼との接触経験があるから、か?」
「そうだヨン」
人狼種は、人間と獣の姿を持つ。
そして、人間を襲い、その中から稀に眷属として取り込む特性を持つ。
その眷属化……つまり人狼化の過程は、いまだに臆測の域を出ていない。
しかしながら、その特性の性質上、人狼に外傷を負わされた者が、警戒対象となる。
言い換えれば、人狼種の捜索と討伐には必ず、遂行者に人狼化のリスクが伴う。
つまり──
「ギルドは、黒爪狼との接触と人狼化の可能性がある私に厄介事を振りたい、と?」
ハツカは、人狼種と一夜を共に過ごして無事に生還した稀な存在である。
ゆえに、冒険者ギルドは、黒爪狼の報告を受け、ハツカを監視対象として捉えていた。
「なんかキミら鋭いヨン」
リヨンは、ギルドの一部に、そう言った思惑がある事を認めた。
「でも、人狼との接触でパーティ全員が、人狼化した事は無いから安心してるヨン」
リヨンは、過去の人狼被害から、人狼化の適応者が、そう多くない事。
また、ハツカと黒爪狼との接触から、数日が経過している事。
その間、ルネサンズから犠牲者が出ていない事をリヨンは加味していた。
つまり、リヨンの見解としては、ハツカの人狼化の懸念は、限りなくゼロ。
だからこそ、純粋に人狼種との接触経験を持つルネサンズに力を借りるつもりでいる。
──と言う趣旨の発言をするつもりだったのだが、
「いや、そのデーターって絶対、襲われたパーティが全滅した場合も含まれてるよな?」
「そこに人狼化が無くとも、疑心暗鬼から来る同士討ちもあったでしょうね」
「言葉を伏せ、事実を正確に伝え無い事で、依頼の不安感を抱かせない計らい、か?」
「えっ、そう言う話だったんですか?」
「キミらが、おバカじゃないって事が分かって、ボクは安心したヨン」
引き合いに出した情報と、これからの依頼に対する心的配慮にダメ出しが出された。
リヨンの説明の、どこにも安心要素が無い事を指摘するシロウ達。
その見解を聞いたリヨンは、恥ずかしいやら頼もしいやら、と複雑な表情を浮かべた。
「じゃあ、とりあえず、まったく黒爪狼との接点が無かった俺はセーフだよな」
「ちょっと、シロさん、いきなり何を言っているんですか?」
「それなら、おれやルネも、直接的には黒爪狼との接触は無い」
「冒険者ギルドの思惑が、人狼化の懸念による当て馬なら、俺達三人は対象外だよな?」
「えっ? ちょっとキミら、どう言うつもりだヨン?」
リヨンは、シロウとコウヤの発言に虚を突かれた。
「だって、ハツカ以外は全員、人狼化の可能性は無いだろ?」
「おれ達に人狼化が起きていれば、誰かが死体になっているはずだが、それも無い」
「って事で、ハツカの黒爪狼との接触以降の状況から、逆説的に俺達はシロになる」
「同時に、ハツカに対する人狼化の嫌疑も、言い掛かりと言えるだろう」
「って事で、不当な言い掛かりとやり口に抗議し、この依頼をルネサンズは拒否します」
無実を実証出来て良かった、とシロウは大げさなジェスチャーでアピールする。
そして、この無茶振りな依頼の放棄を明確に宣言した。
「ちょっと待つヨン。いや、確かに言ってる事は間違っちゃいないようだけど……」
「はぁ、仕方がありませんね……」
シロウ達の反論にリヨンが慌てる。
対してハツカは、冷めた表情で、事の成り行きを受け入れた。
「この依頼は、パーティとしてではなく、嫌疑が残る私個人が受けましょう」
つまり、シロウが落とし所として描いた終着点の一つにハツカが乗った。
「えっ? ちょっとそれは想定していなかったヨン」
「ハツカさん、何を言っているんですか。シロさん達もおかしいですよ!」
リヨンは、人手確保の為にパーティで依頼を受けてもらうつもりだったので慌てる。
対してルネは、ハツカが個人的に依頼を受ける、と言い出した事で、心底焦り出した。




