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012.蹴撃

 ◇◇◇◇◇


 商隊は朝食を済ませると、早々に国境の街へと向かって進み出す。

 シロウは、午前中の涼しい時間帯に少しでも不足している睡眠を取ろうと横になった。

 しかし、やはり突然、ガツンと跳ね上がる馬車の揺れに眠りが妨げられる。

 と同時に、これが乗り物酔いの元凶であるのだが、対処手段が無い。

 浅い眠りの中、次第に頭が朦朧としてくる。


【カン、カン、カン、カン、カァァァーーーーンッ!】


 そこに魔物の襲撃を知らせる警鐘が、周囲に鳴り響いた。

 二度目の襲撃ともなると、ルネにも落ち着いた様子が見受けられる。

 シロウは、不快に頭に響いてくる警鐘の音にイラつきながらも冷静さを保つ。


 シロウは、自分やハツカが乗り物酔いで使い物にならない状態を想定していた。

 だから事前に相談をして、前回の状況から、可能と思える戦い方に持ち込む。

 つまり、魔物の識別をルネに、接近探知と捕縛をハツカに丸投げをした。


「シロさん、バーバリアンシープが1匹向かって来ています。前日と同じ動きです」

「別の群れの縄張りに、商隊が入ったのでしょう」

「オーケー、ハツカもギリギリまで引きつけて捕縛してくれ」


 周囲が、魔物を迎撃すべく馬車から護衛を放出する中、シロウ達は待ちを選択する。


 ハツカは、再び、軽度の乗り物酔いを発症している。

 馬車から降りて歩く対処方法を取り入れてはいるが、完全には克服出来ていない。

 十全な状態ではないハツカの操鎖能力は、かなり限定された状態となっていた。

 ゆえに、それが本来の力を発揮出来る距離まで魔物を引き寄せて戦う事を選択した。

 シロウが、まともに戦える状態でも、結局は接近戦を仕掛けるしかないのだから……


 魔物と馬車との距離が10メートルを切った時点で、宝鎖が地中から魔物を襲う。

 宝鎖は魔物を巻き込んで捕縛すると地面に再び潜って魔物の動きを止めた。

 それはシロウにとって、最良のサンドバックと化す。


「ウリャーッ!」


 シロウは、魔物に向かって一直線に飛び出すと問答無用で、ぶちかます。

 それは、ご機嫌ナナメとなっていたシロウの鬱憤(うっぷん)が襲撃者に向けられた攻撃であった。


「俺の必殺拳・其の弐」


「拳ではないです、ただ全力で蹴っただけですよね?」


 シロウの後から歩み寄ったハツカが、絶命している魔物を見下ろして呆れる。

 そして宝鎖から開放した魔物に、ナイフを当てて血抜き処理を施すシロウに告げた。


「前回、拳で仕留められなかったからな。蹴りは拳の二倍の威力って言うだろ?」


「そうなのですか?」


「だから仮面の戦士の必殺技だって、パンチよりキックの方が強いから知名度がある」


「そうですか? 剣で斬ってるイメージが強いです。むしろ魔法物の少女の方が……」


「言うな、その最近の傾向は言ってくれるな」


 シロウは、悲しい顔をする。

 個人的には、最近の仮面の戦士達のギミックは嫌いではない。

 だが同時に、ゴチャゴチャしすぎてるんだよぉ! と言う心の叫びがあった。

 だからシロウは、自分から振った話題ではあったが、もう触れたくないと切り上げた。


「もう……二人にしか分からない話をしないで下さい!」


 そんな二人を見たルネは、決して甘い雰囲気ではないのだが不機嫌になる。


(二人だけにしか分からない世界で会話するのは、ズルイです)


 ハツカは、ルネから(いわ)れのない視線を向けられて思う。


(またですか……こちらこそ、そんな目で見られるのは不愉快なので止めて欲しいです)


 そんな二人に挟まれたシロウは、たった一撃で終わった戦闘で限界を迎えていた。


(あ~、ヤバイ、意識が跳びそう……)


 シロウは朦朧とする中、馬車に戻る前にルネを呼んだ。


「ルネ、これで、しばらくは停車するだろうから俺は仮眠を取る。あとの事は頼んだ」


「は、はい、シロさん、任せて下さい」


 シロウは馬車が止している今がチャンスだと、さっさと馬車に戻る。

 その際に、前回同様に商隊が魔物の回収をする事を考慮して、その事をルネに任せた。

 これは頭が回っても、人見知りが激しいハツカには任せられない。

 必然的に、頭が足りなくても愛嬌があるルネに任せるしかなかった。

 だからシロウは、一言頼んだで馬車に引っ込んだのだが……


「シロさんに頼まれた役割を、しっかりとやります」


 ルネは必要以上に、やる気を出して張り切った。

 ハツカは、そんなルネをフォローすべく、周囲の状況を見守る。

 周囲では、未だに襲撃者との戦闘が継続されていた。

 魔物との戦闘で、彼らが遅れを取っているとは思わない。


 彼らは通常の戦闘通りに、魔物の攻撃を盾で受け止め、足止めをし、囲んで攻撃する。

 一般的な手順の中で最も危険を伴うのが、最初の一手。


 ハツカの宝鎖は、そのリスクを伴う事無く、初手および足止めを可能とする。

 だからこそシロウ達は、圧倒的な速度で優位を確保して魔物を制する事が出来ていた。


 そんな周囲との戦闘の違いを見て、ハツカは思う。

 魔物への攻勢が始まっても、仕留めるまでには意外と時間が掛かるのだな、と。


 これは単純に、魔物に対する攻撃力の差なのだろうか?

 そんな事を考えながら、ハツカは彼らの剣とシロウの拳を見比べていた。


 思い返せば、前日の戦闘でも、シロウの一撃で戦闘は終わった。

 その時は魔物を仕留めきれなかった為、ハツカが最後に一押しをした。

 その反省から今回シロウは、更に強力な一撃を繰り出して仕留めた訳だが……


 あの時は、殴った篭手の下で拳の皮が擦り剥け、腫れ上がらせていた。

 今回は、その二倍の威力があるとされる蹴り。

 そこには、前回の篭手のような防具は身に着けられてはいなかった。

 そんな状態での攻撃……


 その事実に気づいた時、ハツカは馬車の方向に振り返った。

 そこにはすでにシロウの姿は無く、馬車に乗り込んだ後だった。

 言い知れない感覚を覚えて、馬車へと足を伸ばす。


 ハツカは、なぜか降ろされている、入り口の防塵用の仕切り布を小さく(めく)った。

 そこには、横になって寝ているシロウの姿。

 そして、その足の治療をしているファロスの姿があった。

 ファロスはハツカに気づくと、口に人差し指を立てて、発声を制止する。

 どうやらシロウもファロスも、この事を知らせるつもりは無かったようだ。

 ともあれシロウの状態が、なんとなく分かってきた。


「もしかしてシロウは、本当に力加減が出来なくなっているのですか?」


 ハツカは、(めく)っていた布を、そっと降ろして、布越しにファロスに訊ねた。


「ははは、どうやらそのようです。前日に、いざと言う時は頼む、と言われていました」


 ファロスはハツカの質問に、バツが悪そうに答える。

 前日の段階で、ハツカは体調を崩して、宝鎖の形状を維持する事が困難になっていた。

 そしてシロウの場合は、力加減が上手くいかなくなると言う形で兆候が見られていた。

 だからシロウは、次の襲撃時に、その確認をするとファロスに伝える。

 再び異常が見られた場合の治療と口止め頼んで。


「ははは、身体は弱っているのに、それを壊すような力が出るとは恐ろしい状態ですね」


「それは笑い事ではないと思いますが?」


 ハツカは、シロウを治療してくれているファロスに感謝と同時に不快感を(もよお)す。


 この世界におけるポーションや回復魔法による治療の有能さは何度も目にした。

 それは物にもよるが、重度の外傷をも治療する事が可能な手段。

 それゆえの傲慢なのか。

 ファロスには治癒の術がある事で、負傷と言う物を軽視している傾向が見えてしまう。

 と同時にハツカは、その感覚に染まっているシロウに対しても苛立ちを覚える。


 人の命が重いと言うのは、普遍的な考え方だと思っていた。

 だが、この魔物が存在する世界では、悪い意味で命の扱いが軽くなるのは理解出来る。

 しかしこうやって治療師を見ていると思う。

 回復魔法が存在して、良い傾向にあるはずなのに、命の扱いが軽くなっている、と。


「ははは、これは失礼。ただ、ここは私に任せてハツカさんはルネに付いていて下さい」


「分かりました」


 ハツカは、シロウの意図を汲み取る。

 シロウが、この状況となった自分の姿を見せるつもりは無かった、と言う点を。


 それはルネが、シロウの拳の負傷を見て、顔を青くしていた事からも汲み取れた。

 ただそこにルネだけではなく自分も含まれていた事に、ハツカは少し不機嫌となった。

 私がルネのように慌てるとでも思ったのだろうか。


 ハツカは、まともに戦えないルネのように(あなど)られたようで不快に感じる。


 それでもハツカは、いまは自分の感情を置いておく。

 そしてシロウの治療が済むまで、ルネを馬車に近づけさせないようにと立ち回った。


 幸いにして、ルネが商隊とのやり取りをしている間にシロウの治療が問題なく終わる。

 馬車に戻ったルネが、シロウの寝姿を見て、まるで子供のようだ、と言っていた。

 ハツカは、何も知らないと言うのは、本当に幸せな事なのだな、と思うのであった。

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