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117.オツクサ

「しかし、それではコレは、なんなのですか?」


 ハツカは、いま自分が食べさせられている物が何なのか、とコウヤを問い(ただ)す。

 するとコウヤは、シレッっと、その答えをハツカに告げた。


()(てい)に言えば『お(かゆ)』だ」

「お粥? でも、コレは米ではないのですよね?」


 ハツカは、お粥だと言われて、再び口をつける。

 味噌のみで味付けられたお粥は、風邪を引いた時に食べた物を思い出させる。

 しかし、使われている食材は米ではない、と先ほど明言されていた。

 ハツカは、視力が戻っていない為、その実態を見れない事を、もどかしく感じる。


「こいつは、子猫達(ケットシー)が『オツクサ』と呼んでいるイネ科の穀物だ」

「つまり、お米の一種なのですか?」

「こいつは、軽く煮るだけで、こんな感じになる。これがこいつの一般的な調理方法だ」

「ハツカさん、他にも砂糖やジャムなんかと一緒にして、甘い物も作れるそうですよ」

「もう一つの方は、ルネが作ったスープで煮込んだ物か。これも美味(うま)いな」

「シロさん、いくつか違う味を用意するので、しばらくは、これで我慢してくださいね」

「肉が食えないのは残念だけど、まぁ、仕方がないか」


 シロウは、ルネから渡された別のお粥に口をつけながら食べ比べる。

 そして、肉が一緒に煮込まれたスープ粥で妥協していた。


 強い個性の味を持たないオツクサ。

 その無個性は、他の数多(あまた)の食材との組み合わせを可能とする食材の条件と一致する。


 これは、人間が主食としている三大穀物、小麦、稲、トウモロコシとの共通点。


 ただし、オツクサには、水を加えて()ねてパンにする為のグルテンが無い。

 そう言った面で劣る為、市場には余り姿を見せない穀物であった。


「まぁ、少し扱いにクセがあるが、おれは朝食で、よくこいつの世話になっていた」


 ルネがシロウの世話を焼いていると、コウヤがハツカの(もと)に来て話を切り出した。

 その話の脈絡から、コウヤは、このオツクサの事を以前から知っていたようである。


 ただ、コウヤがハツカ達と合流して以降、このオツクサを見た事がない。

 その為、国境の街に来る前の事なのか、と訊ねると、転移前の世界での話だと答えた。

 どうやら、元の世界で似たような物を食べていたらしい。 


 コウヤは、子猫達(ケットシー)が、お粥として使っているオツクサを一握りハツカに手渡す。


「こいつは、穀物の中では、ミネラルやタンパク質、食物繊維を最も豊富に含むものだ」

「つまり、いま固形物が食べられないシロウには、ちょうど良いものだと?」

「そうだ。あとコレステロールの低減、と言う特徴から健康食品として見直されていた」

「はぁ、そうなのですか……」


 ハツカは、コウヤにしては無駄に言葉が多いな、と興味無さげに答える。


「このお粥は、おれ達の世界では『オートミ-ル』と呼ばれていた物だ」


 コウヤが、聞き覚えのある料理名を告げる。

 ハツカは食べた事が無いが、海外ドラマの食事シーンで聞いた事がある名前だった。

 ゆえに、その程度の認識でいたハツカは、それが一体なんなのだ? と思う。


「そして、その原材料となるのが『燕麦(えんばく)』だ」

「えっ?」


 突然出てきた燕麦の名に、ハツカの手に思わず力が入る。

 そして、その手からは、(いや)(おう)うにも、オツクサの感触が強く伝わって来た。


「ハツカは、自分の『菟糸燕麦(としえんばく)』を『役立たず』の意味でとっているが、それは違う」


 コウヤは、オートミールに視線を向けてハツカに伝える。


「逆に、何にでも成れるし、何者とも手を取りあえる能力(ちから)だ。気負い過ぎるのは止めろ」


 伝えるべき事を済ませると、コウヤは空いた(うつわ)を持って炊事場に片付けに行く。


「あれ、ハツカさん、どちらに行かれるのですか?」


 ルネが、イスから立ち上がったハツカに気づいて声を掛ける。


「少し疲れたので、部屋に戻って横になろうと思います」

「それでしたら、私が手を引いて連れて行きますね」

「いえ、廊下を挟んですぐなので、歩く練習を兼ねて自分で戻ります」

「そうですか、でも心配なので、後ろから付いて行きますね」

「では、それでお願いします」


 ハツカは菟糸で、ある程度周囲の様子を掴みながら自室へと戻って行く。

 そして無事にベットへと辿り着いたのを見届けたルネは、食事の後片付けへと戻った。


 自室のベッドで横になったハツカの目からは、涙が伝っていた。

 それは、いままで張っていた気が緩んだ事で自然と流れ落ちたもの。


 自分の事を、ずっと役立たずだと思い込んでいたハツカ。

 その事を示すかのように、自分の身に現れた『菟糸燕麦』と言う固有能力。


 気丈に振る舞い、自分のポンコツっぷりを取り(つくろ)っていた。

 シロウやルネに、自分の菟糸燕麦の意味を説明した時、気に掛けられた。

 その時、二人に掛けられた言葉に、同情や哀れみを強く感じていた。


 だから、より一層、自分の存在意義を主張する自己防衛の殻を被った。

 そして、何度も空回りして失敗した。

 それは、いまも変わってはいない。

 つい先ほども、ルネが差し伸べた手を振り払い、(こぼ)れ落ちそうになったものを隠した。


 その感情を引き出したものは、コウヤの一言だった。


 何にでも成れるし、何者とも手を取りあえる能力(ちから)

 それは、ハツカが求めていた言葉であり、願望だったのだと気づかされる。


 単に、同情されたかった訳ではない。

 それよりも、認められたい気持ちがあった。

 そして、何よりも頼られたい気持ちがあった。


 突き詰めれば、必死に足掻いている自分に気づいてもらいたい、と言う想い。

 その根底にあったのは、甘い考えだと揶揄(やゆ)されるであろうもの。


 人間は成長する事で耐え忍び、自分に言い聞かせて、世間体と言う殻で身を覆う。

 ゆえに、自分が求める納得がいく答えを求められなくなっていく。

 常識と言う固定観念が、人の精神(こころ)に訴え掛ける言葉を世の中から消していく。

 平均化された言葉が、必ずしも万人の精神(こころ)に届く言葉では無い。


 そんな中にあって、ストンと自分の精神(こころ)に落ちて行く言葉と出会えた者は幸運である。

 それは、必ずしも聖人君子から、もたらされるものではない。


 ある者は先人から。またある者は幼子から得られる事もある。

 それがハツカの場合、たまたまコウヤであった、と言うだけの事だった。

 ハツカは(あふ)れ出る感情に(あらが)いきれず、しばらくの間、マクラに顔を沈めるのであった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


燕麦オートミールを食べてみたい」

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