紅玉の冒険者・ケットシーは愛嬌と不運を振りまく

114.鳥の名を持つ子猫達

　コウヤが露店から離れて、しばらく散策していると、突然、頭上に影が差す。

「ッキー！」

「うん？」

【ズドーンッ！】

　コウヤの目の前に、突如、空から子猫(ケットシー)が墜落して来た。

「し、しまったッキ……着地の事を忘れてたッキ。もう一回ッキ」

　落ちて来た子猫(ケットシー)は、地面にめり込んだ身体を引きずり出すと、再び駆けて戻って行く。

「いまのは一体、なんだったんだ？」

　安全地帯だと思われていた村の中で、いきなり起こった空襲。

　そして、落ちて来た子猫(ケットシー)の言動から、それが再び行(おこな)われる事が予想された。

　それが分かったなら、いま何が行（おこな》われているのか調べておく必要がある。

　コウヤは、魔力探知を発動させ、駆けて行った子猫(ケットシー)のあとを追う。

　そして、村はずれで再び目視で捕らえた時には、他の子猫達(ケットシー)と一緒になっていた。

「あっ、タカおかえりック」

「それで、どれだけ飛べたッピ？」

「トビ……それが、全然飛べなかったッキ」

「う～ん、やっぱり飛行魔法は難しいッピ」

「あと、必死に飛ぼうと手足を動かしてたら、着地の事を忘れて失敗しちゃったッキ」

「つまり、滞空時間が短いックね」

「あとバン、ものすごく痛かったッキ」

「じゃあ、次は防御強化の魔法を、もっと強く掛けるック」

「ひとまず、改善点は、こんな所ッピ？」

「「「う～ん……」」」

　三匹の子猫達(ケットシー)は、簡素なシーソーの前で頭を悩ませていた。

「いやいや、おかしいだろ？　痛いで済むレベルのダメージじゃかったはずだぞ？」

　コウヤは、地面に激突して陥没させていた子猫(ケットシー)の姿を思い出して思わずツッコむ。

「あっ、人間ッキ！」

「何ッピ？　おまえもお空に興味があるッピ？」

「しかたがないック、それなら、ウチらの『タトバ団』に入れてやるック」

「なんだ、その怪しい団体は？」

「ウチらが開発した、その名も『高跳び板(タカトビバン)』で、お空を飛ぶ魔法を作る集団ッキ！」

「そのくらいの事は、予想が出来ているんだが……」

　コウヤもタトバ団の言動から、飛行魔法の習得を目指す集団だと理解していた。

　しかしながら、タトバ団がやっているのは、目の前のシーソーで跳ね上げる事。

　それはどう見ても、ある程度の高さまで跳べても、その先に繋がらない手段。

　そして何よりも、着地の保険が、衝撃に耐える為の防御強化と言う点が恐ろしい。

　こいつらは、よくこれで、いままで死ななかったな、とコウヤは思っていた。

「ちなみにだが、おまえ達は、飛行魔法の成功例を見た事があるのか？」

「無いッキ」

「アニィ王女でも、お空は飛べないッピ」

「でも、お空を飛べる魔法は、あるって聞いてるック」

「そうか……やはりと言うか、何気に子猫達(ネコレンジャー)は、すごかったんだな」

　コウヤは、改めて子猫達(ネコレンジャー)の事を再評価した。

「とにかく、その方法だと危なっかしい。他の方法を考え……」

【ガタンッ！】

「バビューンッ！」

　コウヤは、高跳び板の危険性を指摘する。

　しかしながら、タトバ団は、話の途中にも関わらず、落ち着き無く次弾を打ち上げた。

「よ～し、今回は更に高く上がったッピ」

「なんで、そんなに高くまで上がってるんだ！」

　高跳び板で打ち上げられたタカは、ゆうに２０メートルは上昇している。

　それは、どう見ても目の前にある簡素なシーソーでは不可能な打ち上げ高度だった。

「そうか、シーソー自体が魔力で強化と改造が施(ほどこ)されているのか」

　それは、人間の国であるミィラスラ王国では『魔道具』と呼ばれるもの。

　魔力を介して道具を稼動させる魔工技術。

　その技術によって生み出された物には、大雑把に二種類の分類があった。

　一つ目は、各々の部品を魔力と言う動力を使って稼動させる物。

　二つ目は、道具に魔力のプログラムを組み込み、一定の法則性を持たせた物。

　分かりやすく言うと、以下のような物をイメージしてもらえれば良い。

　一つ目は、魔物から取れる魔石を電池として使う懐中電灯のような道具。

　二つ目は、タイマー式の家電製品、電子炊飯器や電子レンジのような道具。

　タトバ団の高跳び板は、対象を打ち上げる際に、複数の魔法を同時に発動させている。

　一つ目は、対象者に掛かる横向きの力を上昇方向に変換する術式。

　二つ目は、対象者が着地時に衝撃に耐える為に必要となる防御強化の術式。

　三つ目は、対象者を高く上昇させる為に、シーソーの挙動を加速させる術式。

　つまり、これらの魔法の調整と連動の為、高跳び板は見た目以上に高性能だった。

　タトバ団の高跳び板で、天高く舞い上がったタカ。

　青空の中で手足をバタバタと動かす、その勇士は、実に滑稽(こっけい)であった。

「タカ、もっと手足を動かすック」

「根性論じゃないか……」

　コウヤは、飛行魔法の開発とは程遠い、タトバ団の挑戦に呆(あき)れ返っていた。

「た、ただいまッキ」

　そして二度目の墜落で、タカは満身創痍(まんしんそうい)となって戻って来た。

「タカ、おしかったッピ」

「もう一回調整してチャレンジするック」

「おまえら悪魔か……」

　コウヤは、子猫(ケットシー)の意外なタフさと無慈悲さに引いていた。

「空を飛ぶ事と飛行魔法。おまえ達にとって、どっちが重要なんだ？」

　コウヤは、思わずタトバ団に訊ねる。

「ん？　それって、どこか違うッキ？」

　しかし、タトバ団は、コウヤの質問の意図がつかめず、訊ね返した。

「空を飛びたいのなら他の方法もある。飛行魔法にしても、いきなり高く飛ぶ必要は無い」

　コウヤは、段階をすっ飛ばして、いきなり最終目的に挑むタトバ団を諭(さと)す。

　それは、普段のコウヤならやらない、おせっかい。

　しかしながら、この時のコウヤは、どうにもタトバ団を放っておけない気分となる。

　なぜなら、いまのタトバ団は、コウヤにも経験がある迷走の中にあったからだった。