110.立て篭もり事件
「とは言え、いつまでも子猫達の相手はしていられません」
「そうですけど、いまのシロさんを連れて移動するのも、かなり厳しいと思います」
引くにしても、村猫の家に戻って立て篭もる事くらいしか出来ない。
それでは、村猫達を引かせる事が出来ず、勢いづかせてしまう。
そうなると、人質がいなくなったいま、容赦なく民家ごと潰される恐れがあった。
「適当に、もう一度、人質を捕まえましょう」
「ちょ、ちょっと、ハツカさん?」
「そうだな、最初の均衡状態に戻して、仕切り直した方が良いだろう」
「コウヤさんまで、何を言ってるんですか!」
「では、そう言う事で」
「本当に、考え方が悪党だよな」
シロウは、ハツカとコウヤの考えに賛同は出来なかった。
しかし、現状では自分が足枷になっている事も理解している。
まともに走れるとは思えないシロウ。
同様にハツカも視力を失っている為、移動の足が鈍くなる事が容易に想像出来る。
そしてルネは、その両者を支えて誘導役に回る事となるだろう。
そうなると、逃走中に戦えるのはコウヤのみとなる。
しかし、そのコウヤも移動しながら使える魔法となると、そう多くはなかったはず。
更に、多数を相手にする魔法となれば、その構築に時間を要する。
その時間を稼いで支える役割のハツカは、先述の通り、十分な後退速度を持たない。
この堂々巡りによって、すでに選べる選択は無いに等しかった。
後退して立て篭もる選択しか選べない状況下。
そして、先の攻撃で民家の一部が破壊されている現状。
シロウ達が立て篭もると、村猫達は民家を倒壊させに来るだろう。
つまり、選択肢が無い以上、このまま無策でいると先が無い。
これらの現実を打破する為にも、新たな一手を打つ必要があった。
ゆえに、シロウは軽口を叩きながらも、二人の判断に身を任せる。
「もう一度、みんなで一斉に掛かるにゃ!」
「「「「「にゃーっ!」」」」」
村猫達は、一斉に石矢弾を投射する。
「石矢弾は、炎壁で可能な限りブロックする」
「では、私は、近い者を一本釣りします」
コウヤは、炎壁で迎撃体勢を取り、ハツカは菟糸での捕縛を目論む。
そして──
「にゃぁーっ!」
ハツカの菟糸が、一匹の子猫の足を絡め取った。
「あーっ、おでん屋が捕まったにゃ!」
「なんて事にゃ!」
「みんなで人質を助けるにゃ!」
「「「「「にゃーっ!」」」」」
人質を取られた事で、村猫達の敵愾心と団結が強まる。
その結果、得体が知れない者への恐怖よりも、仲間を助けだそうとする想いが勝った。
村猫達は、防戦に徹しているコウヤ達への強襲を敢行する。
【全員、動くにゃ!】
しかし、その時、両陣営の中央に降り立つ者が現れた。
(シュタッ!)「ネコレッド!」
(シュタッ!)「ネコブルー!」
(シュタッ!)「ネコイエロー!」
(シュタッ!)「ネコピンク!」
「「「「四人そろって──」」」」
『ポイポイ戦隊・ネコレンジャー』
「ふにゃ~、レッド、仲間はずれにしないでくれにゃ~」
「オマエだったのかっ!」
シロウは、菟糸の拘束状態下で変身したネコグリーンに、思わずツッコミを入れた。
「ウチらに隠れて小銭稼ぎするようなヤツは、仲間じゃないにゃ!」
「いつも、オーデーンスビアからダシが飛び散って来て迷惑なのにゃ!」
「ニオイで、お腹が減るのにゃ!」
「ギルティ、けってーい!」
「みんな、ヒドイにゃ!」
村猫達の目の前で仲間割れを始める子猫達。
その様子に、村猫達は呆気に取られていた。
どうやら村猫達は、子猫達や子猫軍と比べて、常識的な部類だったようだ。
子猫達は、その動向は別として、王国の博士の管轄下にある特殊部隊である。
そして、子猫達と共に王女の帰還に尽力した者がいた事は、すでに周知されていた。
「とにかく、ここにいる人間達は子猫狩りじゃないのにゃ」
これらの事前情報により、解放されたネコグリーンの説明に村猫達が耳を傾け始めた。
「本当に、コイツらは子猫狩りじゃないのかにゃ?」
「それは間違いないにゃ」
「あと、子猫狩りは、仮面をしている、って聞いたにゃ」
「そいつは、顔を隠しているのにゃ、怪しいのにゃ」
「それと、それと……人間の男性って聞いてるにゃ」
「はにゃ? 何を言ってるにゃ? この人間は男性じゃないのにゃ」
「えっ? それなら、そいつは女性だったのかにゃ?」
村猫達は、ハツカの薄い胸部装甲に疑惑の眼差しを向けた。
「何か言いたい事でも?」
ハツカから、殺気に近い怒気が発せられた。
「お、おい、ハツカ、村猫達を威圧するのは止めろ」
「事態が収拾しなくなる!」
「ハツカさん、これは、私達が子猫さん達の性別が見分けられないのと同じなんですよ」
ルネが、ハツカを宥めようと村猫達の話を建設的に解釈する。
「……つまり、逆に子猫達も、人間の男女の違いが分からない、と?」
「な、なるほど、確かに戦闘中に戦っている魔物の性別なんて見分けがつかないよなぁ」
「そんな事に気を回す事もないがな」
ハツカは、ルネ達の言葉で、一定の冷静さを取り戻す。
しかしながらハツカは、シロウの言葉に動揺があった事で、言葉の裏を読んでしまう。
そしてシロウは、当然のように視線がハツカの薄い胸部装甲に向いた事を秘匿した。
「あと、子猫狩りは、剣を振り回している、って聞いたにゃ」
「ふにゃ~、そう言われると、確かに、この人間と似ている特徴が結構あるのにゃ」
子猫達は、包帯で顔の一部を隠し、剣を携えているハツカの事をジッと見つめた。
「どこをどうすれば、あの黒仮面と私が同一視されるのでしょうか?」
ハツカは、村猫達の言い分に不満を抱える。
「むしろシリィの名前が伝えられていたら、女性のような印象を覚えられていただろう」
「その場合は、また違った誤解が生まれて別の問題が起きていたかもなぁ」
つまりは、怪しさ爆発の黒仮面を村に招き入れて、皆殺しにされる可能性であった。
「とにかく、程度の違いはあるけど、人間の違いなんて、一目じゃ見分けられないにゃ」
「似たようなローブを着ているヤツらなら、もっとムリなのにゃ」
村猫達からの証言が取れ、この思い違いの要因が浮き彫りとなった。
「村猫達さん達だけが悪いとは言いきれない、と言う事ですか?」
「そうだな、センからの伝達が不十分だった感があるな」
ここに至り、村猫達との誤解が解消される。
「はにゃっ? と言う事は……」
モモが我に返って、視線を自宅へと向ける。
ミシッ……ミシ、ミシ、ミシッ……【ドシャーンッ!】
村猫達が沈黙する。
その視線の先には、石矢弾によって倒壊したモモ宅があった。
「モモの……モモのお家が、無駄に犠牲になっちゃったのかにゃ……」
ガクリと肩を落とした家主から、全員が視線を反らした。
「モモ……もし良かったら、しばらく家に来ると良いにゃ」
「ううっ、ソラ、ありがとにゃ」
今回の一番の被害者モモは、村猫のソラの所に身を寄せる事となる。
シロウとの合流に伴って起きた立て篭もり事件は、こうして終息を迎えるのであった。




